親友がもうどこにも存在しないのだということを知ってから、一週間程過ぎた日曜日のこと。
僕はふたたび、彼が助けてくれた、そして彼が眠っているその場所を訪れていた。
あの夜からこの日まで、僕は自分がどんなふうに過ごしていたのかサッパリ覚えていなかった。
ナナシはもういないのだ、ということだけが頭に渦巻き、しかし今までの長い間だって彼とは会っていなかったのだから実感が沸かず、なにをするのも億劫だった。
そして、一週間が過ぎてようやく思い立ったことは、
あの霊園に行けば、またナナシに会えるかもしれない。
なんて希望的観測だった。
短絡的で浅はかな考えだが、そのときの僕はそれしか頭になく、ほとんど着の身着のまま財布を片手に故郷行きの電車に乗り込んでいた。
そして、手向ける花すら買っていないことに気付き自分に失望しながらも、僕は彼の墓前に立ち尽くしていた。
「ナナシ」
僕は彼の名前を呼んだ。
頼むからもう一度現われて。
謝らなくちゃいけないんだ。
謝らせて、許してくれなんて恥知らずなことは言わないから、せめてもう一度だけ。
「ナナシ、」
「ナナシ、ナナシ、ナナシ、ナナシ」
いくら呼んだとしても返事はない。
僕は狂ったように彼の名前を呼び、泣きわめきながら彼の墓にすがりついた。
許してほしいなんて思っていない。
許してもらえるとも思ってない。
それでもせめて、もう一度会いたい。会って謝りたい。
それが叶わない。
親友ヅラをしておきながら、彼を見捨てた僕への罰だ。
ずるずる、とその場にへたりこむ。
自己嫌悪と、無力感、罪悪感の海。
底無し沼に沈んでいくような感覚が僕を支配していた。
そのときだった。
「なに、してるの?」
声が聞こえた。
まさか、まさかまさかまさか、と振り返ると、そこには、背の高い男のひとが立っていた。
怪訝そうな顔をして、僕を見ているそのひとは、かの親友にとてもよく似ていた。
「なな」
シ、と言葉を繋げそうになって、途端に僕は絶望した。
彼ではなかった。
そこに立っていたのは、どう見てもナナシではなかった。
背が高く、黒い服を着た男の人。
ナナシではない。
あいつはこんなに背が高くない。
彼が生きていたなら僕と同じ歳のはずだけど、一週間前に見た彼は少なくとも命を終えたときと同じ姿なら十九のはずだ。
このひとはそれより少し上だろう。
二十歳の僕よりも十歳は年上に見える。
それに、あいつは黒い服なんか着ない。
いつだって真っ白だった。
「そこで、なにしてんの」
男のひとは再度僕に尋ねた。
片手には花束を持っている。
恐らくナナシの親族なんだろう。
「すみ、ま、せん」
僕はなんとか立ち上がり、頭を下げてその場を離れようとした。
彼はいない。
あいつにはもう会えない。
ならばここにいる必要などない。
まして、裏切り者の僕が彼の親族に顔を合わせるわけにはいかないんだ。
しかし、それを阻むように、そのひとは言った。
「君…もしかして、藤野君?」
そのときの僕は、どんな顔をしていたのだろう。
恐らく、情けないくらい怯えたような、驚愕の表情を浮かべていたと思う。
「あ、あ」
「藤野君、だね?」
念を押すようにそのひとは再度尋ねた。
どう返事をしていいかわからなかった。
このひとは僕を知っている。
僕がナナシを見捨てた、裏切って逃げた最低の人間だと知っている。
そう思うと、情けない話だが返事ができなかった。
「そう怖がらなくていいよ。」
そんな僕の情けない考えを見透かしたようにそのひとは言った。
「俺、サクライレイジっつーの。キョウスケの親戚。ちょっといいかな?」
「きみに、話があるんだ」
予想通りナナシの親戚だというそのひとは、優しい、けれど有無を言わせぬ口調でそう言った。
僕は小さく頷いた。
それが、レイジさんとの出会いであり、僕が永遠になくしてしまったものを知るきっかけとなった。