クレーム電話

クレーム電話 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

つい、先日あった話。

私は転職を考えるサラリーマンだが、友人に飲食店の店長がいる。
この男、小太りのいつもにこにことした男だが、学生時代から非常に強い悪霊に取りつかれているという。
私は基本的にそういったものは楽しんで聞く程度なので信じていないのだが、彼との七年ほどの付き合いの中で、どうにもおかしいことが多数ある。
先に説明しておくと、彼にとりつく悪霊というのは、手にひどい怪我をした女性だという。
私は残念ながら彼にとりつく、彼曰く美女の幽霊を視認したことはない。

私は、販売員をしているのだが、その日は、訳のわからないクレームで嫌な気分で帰り道を歩いていた。
そのクレームというのは、精神的に病んでいるお客様のものだった。
普段から、難癖をつけて金を巻き上げようとする連中に頭を下げていて、そういうことには慣れていたが、そのお客様はとても嫌な人だった。
もともと、私は霊を見るなんてことはできないのだが、彼と付き合い出してから、なんとなく気配のようなものは感じるようになっていた。

終電車で地元の駅についた時、なんだかとても嫌な感じがしていた。
なんというか、一人で歩きたくないのだ。
私の住む町は、治安の悪い片田舎だ。
大阪の環状線沿線なのだが、そこはちょっとした歓楽街の隣にあたる駅で、駅前だけはそれなりに明るい。
アパートまで歩いて十五分ほどなのだが、タクシーに乗ろうと思っていた。
私自身、その時の行動が何やら不可解なのだが、突然コンビニに行きたくなり、駅から少し離れたコンビニに立ち寄った。
雑誌を買って、コンビニから出る。
アパートまではあと五分ほどの距離だ。
タクシーに乗るのもためらわれ歩いていた。

話は変わるが、そのクレームのお客様は、電話注文でパソコンを買おうとしていた女性だった。
北海道からなぜか注文の電話がきた。
通販窓口へ行くのが普通なのだが、なぜか電話がかかっていた。
パソコンの性能などについてファックスを送り、納得してもらったら代金着払いで発送するだけにのだが、そのお客様は、電話口で私を指名し、ながながと世間話をする。
それが五日近く続いていた。
離婚したことや、さらには私の過去の恋愛(当然適当にお茶を濁したのだが)、そんなことを話続ける。
中でも、そのお客様は、自分が霊能者だという話をしてくる。
私は、正直なところそれにかなり辟易としていた。

なぜか近道をするか、遠回りをするか迷った。
帰り道の選択には二種類あって、潰れた工場のわき道を通り近道するか、国道をそって歩くかのどちらかだ。
その時、嫌な感覚があったのになぜか近道を選んだ。
歩きながら、なぜか後ろから誰かがやってくるのが分かった。
その誰か、というのは明らかに人間ではなかった。
足音も何もないが、そいつが後ろから凄いスピードでやってきて、私の後ろにぴたりとついたのが分かった。
私は怖くて、気づかないフリをして歩いた。
何かわめきそうになったが、そんなことをしてはダメだと、強く感じていた。
家にだとりついてからも、その感覚は離れなかった。
もともと安い2DKで壁が薄いのだが、空室のはずの隣から複数の足音がやけにはっきり聞こえた。
私は怖くなり、そのまま布団をかぶって寝た。

よく覚えていないが、ひどく嫌な夢を見た。
何かに追い立てられる夢だったのは覚えている。

次の日、やけに疲れて仕事へ行った。
今日さえ乗り切れば休日が待っている。
肩が重く、くしゃみをすれば体全体に嫌な痛みが広がる。
そのお客様からまた電話がかかった。
私は仕方なく、そのお客様に注意した。
業務に差し障りがあるので電話はお控え頂きたい、と言っただけだ。
お客様が何を言ったのかあまりよく覚えていないが、凄い剣幕で怒鳴られる。

「私はあなたに好意をもたれてるから付き合ってやったし、お祈りもあげてやったのに、どうしてそんなこと言うの?」

そんな気持ち悪いことを言われたのだけは鮮明に覚えている。
そのお客様から、私のメールアドレスに携帯電話のカメラで取られた写真が送られていた。
気分の悪い話だった。
日付は昨日だった。

お客様は整った顔立ちわしていたが、取り立てて特徴のある女性ではなかった。
不鮮明な顔写真だったが、追い込まれたような目つきに見えた。
メッセージには、今回は許してあげますみたいなことが書いてあった。
私は、営業で席を外しているということにして、その日は電話に出なかった。
あまりに気分が悪かったためか、私は仕事を終えると友人の店に飛び込んだ。
金を払い、見知った顔の女の子と話ながら、閉店を待った。

彼は、いつものように笑顔でやってきた。
明け方である。
私は店長室と銘打たれた狭い部屋で、彼に事情を説明した。
終始、彼は苦笑したままだった。

「あかんわ、ほんまにあかんわ、それ。
なんやえらいことになっとるで」

私は疲れと肩の重さに倒れる寸前だった。
彼は泊めてやるから、と彼の私とは比べ物にならないマンションへ連れていってくれた。

「よぅわからんけど、アレやろ、テンパった顔した女やろ、そのクレームかけとるんは」

私は、いつものことながら、彼の、その霊視みたいなものに感心した。
助けてくれるなら、金のことでも、こんなことでも、こいつくらいしかいないだろう。

「うーん、アレやな。俺と一緒やな」

彼は私の背中をばしぱし叩いた。
私はなんとなくそれで楽になった気分だった。
布団を借りて横になっていると睡魔に誘われた。

その夢のことははっきり覚えている。
私は、実家へ逃げている。
高校を卒業してからは戻っていない実家の懐かしい道を、走りつづけていた。
家に入り、鍵をしめて、懐かしい十年近く前の居間へ行く。
そこは誰とも分からない連中ががやがやしていた。
そこにいた連中の顔は覚えていない。
ただ、中年の男もいたし、少年もいたし女性もいた。
誰も知らない顔だったように思える。
助けて下さい、と私は彼らにすがりつく。

「大丈夫、ここには入れないから。あとはお前がやれ」

そのような意味合いのことを言われたように思う。

気がつくと、昼間の三時すぎだった。
彼は、パソコンでファイナルファンタジーをやっていた。
私が起きるとそれを中断して、コンビニ弁当を渡してくれた。
肩の痛みは嘘のように取れていた。

「楽になったやろ。ほら、後ろ」

マンションの七階である彼の部屋のベランダを見ると、凄い形相の女がドアを叩いていた。
よく見ると、その後ろにいくつもの何か分からない気持ち悪いものも見えた。
私は悲鳴を上げて目をそらすとそれは見えなくなった。
風で窓が小さく音を立てているだけだ。

私の携帯電話に何度も着信があった。
会社からのそれだ。
また鳴り出して、私はそれをとる。
あのお客様が、私に誘惑されたと騒ぎ出しているとのことだった。
彼はにやにや笑いながら、それを見ていた。
私を出せとのことだったので、私はお客様に電話をさせられることになった。

「断れよ。もう思いっきり断れよ」

と、彼は言った。
私はお客様に電話をかけて、角が立たないように、断った。
あなたが何度も電話をかけ、あなたが勝手に口説かれたと言っています。
私にそんな他意はなく、昨日申し上げた通り、これ以上の電話は営業に差し支えがあります。
そんなことを私は説明し、無理やり電話を切った。

彼が窓を開けて風を入れた。
私は怖かったが、そのまま黙り込んだ。

「嫌なことこれからもあるやろけど、まあ我慢しいや」

と、彼に言われて、私は家まで送ってもらった。
目の端に、何か影がよぎる。
それを見ないようにしている。
たまに嫌な夢を見る程度になり、肩もそれほど重くなくなった。
お客様からはキャンセルの電話があり、私はそれからも開放された。

あれから三週間ほどたつが、たまに店に無言電話が鳴る。
あと、何かの拍子にあのお客様の首だけが、じっと私を見ている時もあるが、実害はその程度だ。

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