宝船

宝船 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

私が小学校五年の時だったと思います。

五月に入り春がかったころですが、この時期父は鯛を釣りに出かけます。
朝五時頃出かけて、帰ってくる時間はまちまちです。
(夕方四時頃もあれば夜10~11時頃もある)

父が出かける時、たいがい私は寝ているのですが、たまに起きてしまうこともあり、一緒にコーヒーを飲んだりもしました。
だから、だいたい父がどんな感じで出かけていくのかを知っていました。
顔を洗って、歯を磨き、髭を剃り、コーヒーを飲んで、握り飯を5~6つと、氷、水、酒をもって一人で出かけて行きます。

その日もいつもと同じように出かけたみたいでした。
(私は寝ていた)
そしていつもの様に、特に待つこともなく母や弟と時間を過ごしていたのです。

その日父は、11時をまわっても帰ってきませんでした。
母は、

「たまにこんなこともあるけん。
もしかしたらもう帰ってきて、どっかいっちょるかもしれん」

と言っていましたが、やはり心配なので、叔父に電話してから、眠そうな弟をおいて、叔父の車で船着き場まで見に行くことにしました。

船着き場に父の船はなく、父の車がきっと朝と同じようにおいてありました。
叔父と母が

「事故かわからん」

と話していたのを、ドキドキしながら泣きそうに聞いていました。
とりあえず今日は遅いので、明日にでも海上保安庁に行ってみよう、ということになりました。

父と違い、どちらかというと引っ込み思案な母は、一人で海上保安庁にいけず、次の日どうしても外せない用事があった叔父を待ち、正午くらいに一緒に行こうという段取りになったようでした。
私は父が心配で一刻も早く父を探して欲しかったので、

「私が行く!今から行く!」

と駄々をこねたのですが、その日は御されてしましました。

もちろんその次の日、私は学校を休みました。
イライラしながら叔父を待っていたとき、家のドアが開き、父が帰ってきました。
開口一番、

「水とラーメンとメシ!」

はっきり言って間抜けですが、私はボロボロワァワァ泣きながら父に飛びつきました。
その時は気が付かなかったのですが…

気が付いたのは、母が黙ってラーメンを作り、それを父に差し出した時でした。
ひとまず泣くのを止めて、まじまじと父の顔をみたのです。

「???」

父の髭がやけに伸びているのです。
熊程ではありませんが、1日や2日剃らなかった様な感じではありません。
顔も妙に汚れている様に思えました。

「お父ちゃん。髭が伸びちょる」

私は旨そうにラーメンをすする父にそう言いました。

「うん。一週間は剃ってないけん」

ラーメンを食べ終わり、一息ついたふうの父。
ここから父の話が始まりました。

あの日(父の話では一週間近く前)ふつうに海に出ると、まぁいつものように少し霧がかかっていたと。
昼過ぎになり、霧も晴れ、魚もまぁ釣れているので、もう少ししてから帰ろうと思っていたそうです。
しばらくして時計を見ると3~4時。
そろそろ帰ろうと思っていた時、急に霧が濃くなってきたそうです。
その霧は、前後左右何も見えない程に濃くなってきました。
私は船の機械に弱いので、よくは解らないのですが、そんな霧でも計器や船の信号などがあるので、そう遠い場所でなけれは帰港するのにさほど差し支えはないそうです。

父は、

「今日は濃霧注意報もなかったのに、帰る時間をあやまったかな?」

程度にしか考えていなかったそうです。

そして帰ろうとしたとき、計器いっさいがイカれていたと。
父はあわててエンジンの様子を調べました。
エンジンだけが何故か生きていたそうです。
父は考えました。
もう少し霧が晴れるのを待ってみるか。

しかし、1時間たっても2時間たっても、霧が晴れる様子はありません。
救難信号を送るにも、計器いっさいがウンともスンともいわない。
無線すら入らない。
父はここで腹を決めました。
無駄に動けば遭難する。
霧が晴れるのを待つ。
晴れた時にほかの船を探し近づく。
長丁場になるかもしれん。
油は無駄にできん。

そしてその日は、船上で夜を過ごしたそうです。
次の朝、目が覚めても、船は霧に包まれたままでした。
霧の間は魚を釣る事に専念したそうです。
(もちろん、計器が復活するかときどき確かめますが、ダメです)

そして正午を過ぎた頃、かなり濃かった霧が少し薄れ、その先に一つの船影がみえたそうです。
とりあえず父は、エンジンを船が動ける状態にしたあと、一応大声で叫びましたが届くはずもなく、もう少しその船影に近寄ろうとしました。

やや近づいた船影を見て、父はおや?とおもいました。
船のカタチが普通でない事が、遠くからでも見てとれます。
父によるとその船は、『宝船』だったそうです。
少し霞む霧と霧の間にみえたものは、何やら前時代的な、昔話に出てくるような帆船で、形容するならば『宝船』だと。

その『宝船』は父が船の速度を上げても、一定の距離を保つようにつかず離れずで、はっきりとその姿を見ることは出来なかったそうです。
その状態で30分程度。
そして『宝船』は、再び濃くなった霧の中へと消えたそうです。

そして又次の日も、同じ様な時間にその船が現れ、それに付いていき、また霧が濃くなり…と。
父が釣れた魚をさばいて食べ、持ち込んだ水と酒を大切に飲み、そして昼頃現れる『宝船』に先導され…というのを一週間近く続けた、ある昼前頃でした。

いつものように霧が晴れていきました。
しかし、いつもと違ったのは、霧の間に見えたのが、陸の影だったことでした。
その後霧は嘘のように晴れ、目の前に懐かしい港が見えたそうです。
と同時に、計器いっさいも復活。
父はエンジンを唸らせ、無事船着き場に帰ってくることができました。

私は父の話を聞いた後、又オイオイ泣きました。
まだ小学生だったので、疑問や不思議は後回しに、

「お父ちゃんが帰ってこれてよかった!」

と素直に思いました。
今思うとホントに怖いです。
不思議です。
その『宝船』は何だったのでしょう。
その霧は何だったのでしょう。
(最初に父が語るように、父が出かけた日、帰って来た日に、そんな濃霧注意報はなかったし、
近海には発生していなかったもよう)
父は、どこに行っていたのでしょう。

「お父さんには恵比寿さんがついちょる!」←弁天さんじゃないか、とつっこんだ。

と豪語して、それからも元気に海に出ている父を、私は尊敬しています。
ただ、それ以来父は、船に醤油をつむのを忘れません。

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