群馬県と埼玉県を結ぶ静かな山沿いの町を抜ける道路は、神流川を縫うように走っている。
左に御荷鉾山をいただき、ゆるやかな流れの所々にカラフルなキャンパーのタープが点在している。
そろそろ夕刻も近い。
キャンプで過ごした3日間を助手席の妻と語りながら、明日からの仕事を考えて、ため息をついた。
子供たちは後ろのシートで寝息を立てている。
川の流れが大きくひろがり、深い群青にかわり湖のような景色に変わった。
「神流湖」人口湖だが都心から近いこともあり人気も高い。
「あなた、トイレに寄らしてもらってもいい?」
「そうだな、俺も飲み物でもかうかな、もうすぐレストハウスがあるよ。」
数キロ先のトンネルを抜けるたあたりにある筈だった。
道路はゆるやかなカーブに差し掛かり、軽くブレーキを踏んだ。
その時、前方に道路の右側を多くの人たちが歩いているのが見えた。
こちらに背を向け、東京方面に向かっている、色とりどりの服をまとい、子供、老人、男も女もいる、特にハイキングのような格好をしているわけではない。
ゆっくりとその団体追い越すのに暫くの時間を要した。
東京でもなかなか見られない光景である。
ミラーには所々でこちらに向かい手をあげる人も何人か見えた、先頭はちょうどトンネルに入ろうとしていた。
「歩け歩けでもないんだろうけど、何なんだろうね」
と妻に問い掛けた。
「急いで!」
急に妻は声を張り上げた、振り向くと妻は前方を凝視しながら
「止まらないで!」
私はわけのわからぬままアクセルを踏み込んだ、幸いトンネルに対向車はなかった。
トンネルを抜けレストハウスの駐車場まで一気に車を滑り込ませた。
「どうしたんだ」
「みんな、靴をはいていない」
「靴!、何のことだ」
そして、私はあることに気がついて愕然となった。
駐車場から見通せるそのトンネルから出て来る人の姿はなかった、何分たっても。
昭和○○年8月羽田を発った日航機は迷走しながら神流川上流の御巣鷹の尾根に墜落した。
ボイスレコーダーには乗客に靴を脱ぎ安全姿勢を取るようにと機長からの放送が残されている。
*現在ではエマージェンシーでも靴を脱ぐ指導はしていない。
神流湖の近くでヒッチハイクの人を拾ってはいけない、特に靴をはいていない人は。
「10年前のあの8月の事、帰りたいんだ・・・我が家へ」