32歳が見せる幼さ

32歳が見せる幼さ 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

派遣で、川口市のとても小さな会社に通ってた時の話。

配属先の事務所にいた、あからさまに不審な感じの32歳社員。
名前は仮に色Mとしとく。
礼儀も品も社交性も、ちょっと…あり得ないぐらい人のだったので、凄い派遣先だなぁ…と思ったのだが、入ってすぐに上司の方から「新入社員を7人辞めさせている」と聞かされた。

残る後輩は3年勤続の22歳一名のみ。
入社後およそ一年に一人のペースで新人を潰してきた計算になる。
流石に話半分だろうと思っていたが、…すぐにそうでもない事に気付かされる事になる。

普段、事務所内に上司の姿はなく、彼の暴力は日常茶飯事と化していた。

「俺の説明を聞くのに左側に来るな。ウザい」。
「深夜2時まで残業させて貰ってありがとうございましたと言え」。

後輩を理由なく蹴飛ばしたり、「プロレスごっこしようぜ~」と言って暴力を振るったり。
極力関わらないように、視線を向けないようにしていたが滅茶滅茶怖かった。
何よりも32歳が見せる幼さが怖かった。
法政卒という肩書きがむしろ悲惨だった。
ちなみに裏で言い交わされるあだ名は名前をもじって“色魔”だった。
…職場に拘束服着せてないキティガイが居ることほど怖いものはない。
流石に派遣に手を出すのはまずいと考えたか、私には手を出して来なかったがこちらを見る顔がニヤニヤと奇妙な笑みに歪んでいる。
…どう見てもサディスト。

以前、この会社に派遣されていた前任者の話も耳にした。(←上の七人には含まれていない)
独身で彼女のいない色Mは、事務所で二人きりになる事も多かった彼女に対しずっと

「ねえねえオカムー、オカムーはどうしてオカムーなの?」

と何度も何度も意味のわからない質問をずっと続けていたという。
…正直、この話を聞いた時は鳥肌が立った。
しかし同時に、この色Mが幼いから、本人はあくまでふざけ半分で嫌がられる事をして、コミュニケーションを取っているつもりなのだろう…と考えてもいた。
甘かった。
それは良心的な解釈に過ぎなかった。

担当者と交渉し、どうにか契約終了に漕ぎつけ、期間終了の迫ったある日。
…出社。
にこやかに挨拶。
当然のように相手は無視。
もうこの頃には色Mは、自分に諂わない私を快く思わぬようになっていたらしい。
辞めてしまう人間だから何をしてもいい…と考えていた部分もあるのかも知れない。
ある意味一番怖い時期だった。

事務所内に二人きりという時間が続く。
…すると突然、色Mの独り言が始まった。

“この職場には頭のおかしい人しかいねー”
“この職場には頭のおかしい人しかいねー”
“この職場には頭のおかしい人しかいねー”

同じ言葉を、聞こえるように呟き続ける。
…それもニ時間近くに渡り。
仕事を続けながら、私は聞こえないふりを続けるしかない。

…やがて、工場の方から後輩の工員達がやってくると、脈絡もなく同じ台詞を口にする。

“この職場には頭のおかしい人しかいねー”

こちらを見ながら。
…私は何も聞かなかったふりをするしかない。
工員達も流石に無言だった。

…職場の外へ行き昼食を取ると、尾けてきて様子を窺っている。
…私は何も見なかったふりをするしかない。
…事務所の即金(すぐ使える予算・現金)を管理していた後輩社員が、“正社員のいなくなる”昼休みに事務所を施錠し、管理を厳重にするよう色Mから命令されていた。
どうやら、金がなくなったらしい。…。

…別の日、昼食を終えて事務所へ戻ると、自分のロッカーの辺りから素早く立ち上がる人影が見えた。
少し慌てた様子でニヤニヤと自分の席に戻る色M。
まさか…と思って鞄を調べると、ジッパーの位置や物の配置が変わっており、明らかに誰かに荒らされた形跡があった。
…既に警察を呼ぶべき段階だとは思ったが、盗まれたものもなく、またもう何を言う気力もなくしたため放置した。
さらに言うと、後輩社員のロッカーがなぜか半端に開いており、その扉で奥にいた自分の姿が事務所入り口付近から目視できないようにしてあった。

どっかの犯罪者が工作に利用したらしい後輩社員のロッカーを代わりに閉めてやりながら、私はネームプレートに記された“よちだ”の文字を見上げた。
後輩はそんな名前ではないが、これも色Mが会社の備品であるロッカーにそのネームプレートを勝手に貼り付けたということらしい。

幾度となく呟いた“この会社には頭のおかしい人しかいねー”て台詞は、…果たして本当に、ただの嫌がらせの皮肉だったのだろうか。

…その後すぐ、私は契約期間をどうにか終了し、小さな事務所から去った。
色Mがどうなったか、放置を続ける上司と後輩社員達がどうなったかは知らない。
それでも、たまに思う。

今でもあの異常者は、誰かに向かって

“この会社には頭のおかしい人しかいねー”

と彼にとっての真実を呟き続けているのだろうか、と。

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