これは、先輩の伊藤さんから聞いた話です。※名前は仮名
バブル期の頃に伊藤さんが就職したその会社は、主に大金持ちを顧客に絞った不動産会社でした。
伊藤さんが入社した年は、ロンドンの歴史のあるホテルで新入社員の研修が行われたそうです。
朝は勉強会、昼から夕方にかけてはロンドン近郊の売買物件を見て回ってレポートを提出、というカリキュラムだったそうで。
ハードでしたが、新入社員たちはこれといって問題もなく、順調にカリキュラムを消化していったそうです。
ところが、2~3日して妙な出来事がそこで起きました。
一人の新入社員の女性が急に消えたのです。
彼女は明朗活発で元気な人だったのですが、そのホテルに来てから少し顔色も悪く、あまり喋らなくなっていました。
たまたま同部屋だった伊藤さんは、彼女を心配して引率の人事部長にそのことを伝えたのですが、「彼女は大丈夫だから。このまま研修を続けなさい」と言われました。
なので、体調を崩して帰国したのかな?悪いから騒がないでおこうと考え、彼女も少しぐらい言ってくれてもいいのになぁ、と思いながら研修に戻ったそうです。
しかしその晩、信じられないことが起きました。
新入社員の全員が、広間で机を並べてレポートを書いたり雑談をしていると、突然部屋の中央付近の床からズズズー・・・と、金髪の若いメイドの衣装を着た女性が恐ろしい形相で這い出してきたのです。
頭と背中、足は血まみれで、口をバグバグ動かしながら頭を四方八方メチャクチャに振りかざしていたそうです。
その部屋は照明の灯りもちゃんと点いていて大変明るかったそうですが、そんなことはお構いなしに突然出現したのでした。
新入社員たちは大パニックとなり、出口の方に逃げ出しました。
しかし、何人かはその場でうずくまって泣き出したり、またそのままバタリと倒れて失神する人までいました。
ただ伊藤さんが一番恐ろしいと思ったのは、突然現れたその女性から逃げ遅れ、その周りに取り残された人達が、皆同じように頭をグルグル振り回し、「ギャバッ!ギャバッ!」と出口に逃げた人達を睨みつけながら喚き始めたことでした。
それから5分程が経った頃、その金髪の女性はシュッと凄いスピードで天上に吸い込まれていきました。
直後、すぐに皆は正気に返り、怒り出したり泣き出したりしたそうです。
さすがにそのホテルにはもうこのまま泊まり続けようなんていう人もいなく、上司に言ってホテルを代えてもらったそうです。
その後、研修は無事に終了し、あの女性も二度と出現することはなく、皆が帰国しました。
それからおよそ3年後。
伊藤さんは会社で変な噂話を聞きました。
それは、『研修が行われたホテルに幽霊が出るかもしれないというのは会社も既に了承していて、それに参加している新入社員がもし何も感じなければそれはそれで良しとし、もし何かを感じ、察知できる社員がいれば、その人をその場で引き抜いて欧州在住の他のチームに移動させている』とのことでした。
なんでも、ヨーロッパの中世やその前からあるような建物は業が深く、またそれを買い求めるような顧客の老人達はものすごく信心深く、そういった事象をとても気にする為、名目でもそういった人も入れて応対させているとのことでした。
昔、そのようなことでお客と揉めたことがあり、その時は『幽霊が見える』といった社員が間に立ち、上手くいったそうです。
つまり、あの研修の時に消えた女性は、「ここは出るから」と上司に話したことで、そのまま欧州在住のチームに移っていったのでした。
ただ、その欧州チームの全員が幽霊が見えるというわけでなく、感じるとか、何かヤバイといった直感が働く人が何人もいるそうで、かなりの成績を上げていたそうです。
また、香港やアメリカ東部にも似たようなチームが駐在して頑張っているそうです。
伊藤さんは、「噂はどうであれ、幽霊を見たのは後にも先にもあれが初めて。もうあんな怖いのはヤダ」と、私によく言っています。