赤い色のワンピースを着た女

赤い色のワンピースを着た女 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

俺の人生の楽しみと言えば、酒を口にする事くらいだった。
はっきり言って、俺はアルコール依存症だと言える。
だが、治すつもりは無い。俺には酒しか無いからだ。

少ない時で週に二回。
多い時で週に四回は居酒屋やBARを巡り、自宅でも宅飲みしていたと思う。
四十を過ぎて会社員をやっており、未だに所帯が無い。
以前、何度も結婚にまで至りそうになった彼女が何名かいたが、ことごとく俺の酒癖の悪さや暴力癖などで彼女達は離れていった。
一時期、消費者金融にまで手を出してギャンブルに依存していた事も離れられる原因の一つだったのだろう。

俺と同い年くらいの連中は所帯を持って、家を買っている。
だが、俺は孤独な生活を続けている。安月給では無いと思う。
今の不況の時代、そこそこ給料は貰っている方だ。だが、全て酒とギャンブルで使い果たしてしまい、貯金らしきものもマトモに無い。
アルコール依存症患者の平均寿命は五十代前後らしいのだが、俺は太く短く生きるつもりで今日まで生きてきた。
だが、毎日、不満ばかりだった。

仕事に向かえば嫌な上司に使えない部下。中間管理職の板挟みが待っている。
何もかもバカバカしくなって逃避したくて、俺は酒に逃げ続けている。

ある日、大量の飲酒をして、ついに繁華街の路上で寝転がってしまった。とても気持ちの良い気分だ。
道行く他人が軽蔑のまなざしで俺を見ている。
俺はそれでも構わず背広を脱いで、ネクタイを放り投げてすっかり心地よい気分で横になっていた。

ぼんやりと、虚ろな視界で俺は辺りを見ていた。
何か一人の人物が俺の方へとやってくる。警察だろうか?と、身構えたが、警官の服は着ていない。
余計な通行人が俺に野次馬根性で嘲笑いに来たのか、あるいは財布を抜き取りにでも来たのかと警戒をしたが、どうにも身体がただただ、だるくて動かない。

俺の方に向かってくる人物は、どうやら赤い色のワンピースを着た女だった。

季節はもうすぐ春とはいえ、まだまだ肌寒い時期だ。
それなのに、ノースリーブのワンピースを着ている。
近付いてくる女の雰囲気は服だけでなく、何かやたらと異様な感じがして、俺は最初、夢でも見ているのだと思った。
あるいは酒による幻覚でも見ているのかと。

女は近付いてくる。
俺は何故か、とてつもなく怖くなってきた。
気付けば、脚元がガタガタと震えている。

俺は這いつくばって逃げようとした、それでも後ろから、女が歩いてくる音が聞こえる。
どうやら、俺は脚をつかまれたようだ。ふくらはぎの部分だ。
俺はとてつもない恐怖を感じた。
背後で女が笑っているのが分かった。
俺はそのまま気を失った。

気が付けば、時計を見ると朝の六時を過ぎていた。始発はとっくに始まっている。家に帰る時間も無い。
俺はそのまま職場に向かう事にした。
ズボンをめくり、ふくらはぎの部分を見ると、くっきりと手形になっている赤いアザがあった。
何だかよく分からない異臭がした。

俺は職場に行って、その日も使えない部下を怒鳴り散らしながら仕事の終了時刻になり、残業を使えない部下に押し付けて、そのまま家に帰る事にした。
昨日の反省もあり、俺は飲み屋には寄らずにコンビニで何本か酒のボトルを買って家に帰る事にした。
そして部下の仕事の遅さや覚えの悪さを思い出して、家で一人晩酌する事に決めた。

俺は自宅に辿り着く。
まだローンが残っている家だ。

応接間に着くと、俺は背広とネクタイを投げ捨てて、さっそく買ってきた酒で晩酌を行う事にした。
ツマミは焼き鳥にちくわ揚げ、といった処か。

空の瓶に赤ワインを注いでいく。
俺は一気にワインを飲み干した。
仕事の疲れが一気に吹き飛ぶ。
酒を飲んでいる時は、職場の使えない部下の腹立たしさや上司の嫌味、それから俺の事を小馬鹿にし嘲笑っていた元カノなどに対する思い出し怒りも吹き飛んでいく。
俺の退屈で憂鬱な人生は酒によって満たされて、そして多分、誤魔化されていると思う。
それでも、俺は酒が好きでやめられない……。

そういえば、昨日、路上で寝たせいか体臭が臭う。
俺は風呂場に入る事にした。

湯船にお湯を入れていく。俺はその途中、服を脱ぎ始める。
ズボンを脱いでいる最中、足下に違和感を覚えた。
 
アザが大きくなっているのだ。
手形が浸食して、広がっている。
俺は気味が悪くなったが、馬鹿馬鹿しくなって、湯船の中に入る事にした。
どうせ、あの女の幽霊みたいなものはアルコールが見せる幻覚で、脚のアザも、電柱か何かを蹴って打ちどころがよくなく腫れているのだろう。
俺はそう思いながら、湯船の中で洗顔をし、髭を剃った。そして、シャンプーも湯船の中で済ませていく。

アザの広がった足の臭いを何となく嗅いでみた。
とてつもない異臭のようなものを感じた。

それから、俺は一週間程度は何も無かった。
ただ、居酒屋やBAR巡りは止めて、宅飲みを心がけるようになった。
酒での酷い失敗はしたくない。俺はそんな事を思いながら、家に帰ると、大量にアルコールを摂取していた。
足のアザを見ると、日に日に広がっているように思えたが、特に痛みも無いので放っておく事にした。

十日くらい経った頃だった。
俺はその日は何となく、街を歩いていると、居酒屋が恋しくなって喧騒の多い居酒屋に入った。
そして、酒を注文して口に入れる。その後、また居酒屋をハシゴした。

そして、十日前と同じように俺は失態を起こして、路上で寝転がっていた。
今度こそ、警官に呼び止められるかな、と思いながらも泥酔して眠るのはとてつもなく気持ちがよい。
路上で寝るのは、家で眠りこけるのとはまた違う心地よさがあった。
いっそ、人様の庭や駐車場にでも侵入して寝てしまおうか? そんな事を考えていた。

俺は路地裏でいびきをかいていたと思う。
あの気配が近付いてきた。
十日前のあの夜の気配だ。

赤いワンピースの女が俺の前に現れた。
俺は動けない。
身体がマトモに動けない。
この女は一体、何なのだろうか? まるで分からない。幽霊なのか? 俺の酔っ払った脳が見せる幻覚なのだろうか?

女は俺に近付いて、左肩に触れてゲラゲラと笑っていた。
そして、俺はどこかのアパートのゴミ捨て場の中に寝転がっている事に気付いた。
時刻はまだ朝の五時前だ。今からなら家まで帰ってシャワーを浴びる事が出来る。

俺は急いで、肌寒い街中を走ると、電車へと向かった。

家に辿り着くと、急いでシャワーを浴びる。
左肩に痛みを覚えた。

左肩は大きな手形が出来ており、そして、ウジ虫が大量に這い回っていた。
俺は気持ち悪い白い虫を肩からはねのける。
そうだ、俺はゴミ捨て場に寝ていた。その時に付着したのだろう。肩も何処かで酷くブツけたに違いない。

俺はその日、仕事に行った帰りに、また居酒屋に寄る事にした。
酩酊状態の時は、人生を忘れられる。

ふと、俺は一体、何が辛いのかぼうっとしながら考えていた。
俺と付き合った女は大体、俺の酒癖の悪さ、酔った時のDV、それから今は止めているがギャンブルに嫌気が差して離れていく。
仕事をしていても、いつも何処か上の空な自分がいる。
それなりの立場に付いて、それなりの給料を貰っているが、俺の心は何処か酷く空っぽだった。
この空虚感が何処から来るのかまるで分からない。

俺は気付けば、また繁華街を離れて、路地裏を彷徨っていた。
誰かが俺の跡を付けてくる。
もちろん、警察なんかじゃない。あの女だ。

足音を立てずに、俺に近付いてくる。俺はその女の気配を察する。
なんだか、馬鹿馬鹿しくなって、近くあった何かの看板を蹴り飛ばしたりしていた。
俺は女に追い付かれる……。

赤いワンピースの女は俺の背中に触れた。
俺の背中は激痛に撃たれる。

…………、気が付けば、俺は病院のベッドの上にいた。
どうやら、路上で寝ていて、警官が何名も俺の事情聴取をしたらしいが、俺の身体はかなり衰弱していたらしくて、そのまま救急車で搬送されてしまったらしい。
そして、数日間、意識が無かったとの事だ。

そして、俺は医者から重い診断をくだされた。

食道、肝臓、大腸などに転移しまくっているステージ4の癌だと言うのだ。
つまり、末期癌だ。

俺は絶望のあまり、虚ろな眼で窓の外を見た。
窓には薄らと、あの赤いワンピースの女が映り込んでいた。

俺は思い出す。
確か、あの赤いワンピースは付き合った彼女が着ていたものだ。俺が何度も酔ってDVした女だ。
彼女の金を使って、ギャンブルで多額の借金をした後に捨てた。
今頃、どうしているのか……。風の便りでは、事故で亡くなったとも聞く。
真相は分からない。

俺は末期癌という事実を突き付けられて、絶望と共に、何処か深い安堵感のようなものを覚えていた。

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