俺の地元にある小さな港の話(広島)。
そこは、短い防波堤が1つあるだけの小さな港である。
わざわざ遠くから釣りに来るような人はいない、有名ではない釣り場だ。
そんな、地元の人間しか訪れないような釣り場であるが、実はアナゴが沢山釣れる。
俺はアナゴやウナギが大好物で、幼い頃からその港へ行っては魚を釣っていた。
ある日の晩、いつものようにそこへ1人で釣りに行った。
その日は潮の関係で、少し遅めに港へ行ったのだが、ちょうど顔見知りのおじさんが帰るところだった。
俺:「こんばんは。あれ、〇〇さん、これからが時間なのに帰っちゃうんですか??」
おっさん:「おー、△△ちゃんか。今夜はダメじゃダメじゃ。影ボウズの奴が出よって釣りにならんわ。」
“影ボウズ”というのは、その港に稀に出現する、その名の通り、何かの影だ。
何の影かはさっぱり分からない。
釣りをしていると、人のいる水面をうろうろする。
人が移動するとなぜか着いて来る。
そいつが現れると、それまで釣れていた魚がなぜかパッタリと釣れなくなるのだ。
見た目は影で、魚が釣れなくなるから”影ボウズ”らしい(魚が1匹も釣れないことを釣り用語でボウズという)。
親が言っていた。
だから、そこの港で釣りをする地元の人は影ボウズが現れるとさっさと帰るか釣り場を変えてしまう。
俺が幼い頃から”影ボウズ”はいて、何度か網で捕まえようとしたが、無理だった(網をすりぬける)。
(なるほど、これはダメだな。)
少し港を覗いてみると(釣りが出来ない未練)、たしかにそいつらがうようよいる。
いつもより数が多いようだ。
歩くとスーッと後を追いかけてくる。
港の先の方を見ると、高校生だろうか、少年3人が網を持ってギャーギャー騒いでいる。
A:「おい、そこだって、そこそこ!!」
B:「ああっ!またダメだ、逃げられた!」
C:「下手かっ!網かせぇ、俺が捕まえる、」
様子を見た限りでは、どうやら影を捕まえようとしているみたいだ。
(網じゃどうにもならんのに、アホじゃな~)
とかなんとか思いながら、別の釣り場へ行こうと少年達に背を向けて歩き出した、その時だった。
『バシャン!!』
少年たちの方から大きな水の音が聞こえてきた。
振り返ると、少年が2人しかいない。
いや、いた。
海の中にもう1人いる。
「うわぁー、助けぇ!」
「これに捕まれぇ!」
陸にいる少年の1人が釣竿を伸ばして助けようとしている。そんなんじゃ引き揚げれないだろうに。
俺も慌てて助けに向かう。
「はよ助けぇ!痛い、痛い!はよ!!」
少年の様子が少しおかしい。
少年を助けようと海を見た俺は、これまでにないくらいびびった。
なんだこれは。
海が黒い。
夜中だから暗くてそう見えるんじゃない。
海自体がどす黒く染まっている。
それも、少年の周りだけだ。
影ボウズだ。
おびただしい数の影ボウズが少年を取り囲んでいるのだ。
少年達も気がついているらしく、もうみんな大パニック。
俺は近くに置いてあったタコツボを繋いだロープ(漁師さん、ごめん)を引っ張ってきてそれを海に垂らして、3人がかりでなんとか少年を引き揚げた。
見ると、少年の手足は真っ赤に腫れていた。
そして「痛い痛い」とずっと悶えてた。
その後は救急車を呼び、駆けつけた少年の親に事情を説明(とりあえず猛毒のクラゲに刺されたと言っておいた)したりして、解散となった。
結局その日は釣りをせず家に帰った。
それからしばらくして、別の港で夜釣りをしていた時に、遠くの方で黒い影が泳いでいるのを一瞬だけだが見かけた。
“影ボウズ”は案外、どこにでもいるのかもしれない。