主人を返して

主人を返して 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

それは、私が一人暮らしを始めて3日目のことでした。

その日、私は仕事がうまくいき、お客さんと遅くまで繁華街で呑んでいました。
私の借りたマンションは、駅から徒歩2分という立地条件の良さで、遅くまで呑んでいても大丈夫♪という気軽さも手伝って、いつもよりもゆっくり呑んでいましたが、何とか最終に間に合いました。

マンションはそこから快速で2つめの駅です。10分程で駅に着きました。
それから駅前のロータリーを横切って、ゆっくりとマンションに向かいました。
ゆっくり呑んでいたとはいえ、かなりな酒豪の私にとっては、やっとエンジンが掛かってきた!というところでの『おひらき』でしたので、まだまだ呑み足りない私は、マンションのすぐ脇にあるコンビニで、ビールやらおつまみやらを買って、マンションの玄関に着きました。
マンションはバブル時代に建てられたもので、当時は分譲のみでしたが、今は分譲貸しもしていて、当時、分譲で購入した人も住んでいましたが、入居者の殆どが私のような賃貸契約者でした。?

総大理石の玄関に入ると、女性が子供を二人連れて、来客用のこれまた大理石で出来たイス(ベンチ?)に座っていました。
ショートヘアで、年の頃は35,6歳くらい。
思いっきり頑張って箪笥から引っ張り出した一張羅を着てきましたーって感じで、私的には可笑しかった。
管理人室には管理人は居ませんでした。定時の5時で帰っていました。
私は内心、こんな夜中に子連れの女性・・・??と思いましたが、無視してそのままエレベーターホールに行き、8階のボタンを押しました。
エレベーターの中で私は、酷くやつれた女の人だったなー。子供は二人共、幼稚園くらいかな??
それにしても、何をしていたのだろ、あんな所で・・・。
などと考えながら、部屋のキーを鞄の中から取り出しました。

8階に着き、エレベーターを降りてすぐ右側のドア。そこが私の新居です。
カギを開け、電気を点けて部屋の中へ。
着替えるのも面倒なので、すぐに買ってきたビールとおつまみを取り出して、グラスを用意して、ソファーに座り、テレビを見つつ、一人で酒盛りを始めました。
何気なくテレビの横に置いてある時計を見ると、午前2時過ぎでした。

ピンポーン♪
突然、玄関のチャイムが鳴りました。
線路脇の部屋とはいえ、この時間はもう電車も止まっているので割合静かな時間なので、本当に心臓が口から飛び出そうなくらいに驚きました。
こんな時間に誰?知り合いだったら電話してから来るよな~などと思って、きっとお隣のご主人が間違えたのだ。
と勝手に思い込んでいました。
しかし、またピンポ-ン♪と鳴りました。
仕方がないので、インターホンの受話器を取り「はい」と出ました。
相手は『・・・・・・』無言です。
あぁ、やっぱりお隣のご主人が間違えて、それで・・・と思っていましたが・・・
また、ピンポーン♪ピンポーン♪けたたましく2度鳴りました。
覗き穴から見てみようかとも思いましたが、面倒だったし、また受話器を取り、今度はとても怪訝そうに「はい!」と答えました。

『・・・えして・・・』

女性のか細い声が聞こえました。
「は?」と答えました、いえ、そう答えるしかありませんでした。
嫌がらせかな?こういうの、流行っているのかな?などと思いながら、
「どちら様ですか?」と聞いてみました。
するとまた『・・・えして・・・』としか聞こえません。
女の人・・・さっきの下に居た人かな???
「すみません、よく聞こえないんですが?」と言うと、今度ははっきり『主人を返して!!!』と聞こえました。

私は?????でした。当時、不倫はおろか、彼氏も居ませんでしたから。
「あの~。お宅をお間違いじゃないですか?」と聞いてみました。
「早くココを開けなさいよ!居るんでしょ?主人、そこに居るんでしょ?!」
と叫ぶや、ドアを激しく叩き始めました。
冗談じゃない!こんなことを隣近所に噂されたら・・・と、私は仕方なくドアを開けました。
そこには、やはりさっき下で見た子連れの女性が立っていました。?

ズカズカと部屋に上がり込み、ありとあらゆるドアを開けまくり、ベランダも押し入れも全てのドアを開け放して、私の居るリビングに来ました。
これで、勘違いで気が済んで帰ってくれるものだと、私は思っていました。
リビングに座り、今度は泣きながら「主人を返して」と訴えてきました。
私は何度も何度も、
「間違いです。
 私は3日前・・・正確にはもう4日前にこちらへ入居したばかりですので、あなたのご主人なんて、知りません!」
と言い続けました。

しかし女性はとうとう土下座までして、「主人を返して」と言い出しました。
私はとても怖くなりました。
勘違いとはいえ、他人の家に子連れで、しかも土足で入り込んで、泣くわ、喚くわ、挙句の果てには土下座までして・・・。
「そんなに大事なダンナなら、首に縄でも付けとけばいいでしょ?!」
思わず言ってしまいました。
「あなたはとても綺麗ね・・・それに若い・・・おしゃれだし、私には無いものを全て持っている・・・
あなただったら、男の人なんていくらでも寄り付くでしょう?私の主人なんか、取るに足らないでしょう?
だったら、さっさと返してくれても良いでしょう?」
「そう仰られても・・・本当に、私は無関係なんです!そりゃ、あなたには同情しますけど・・・」
またその女性はさめざめと泣き始めました。
子供達はこれだけ大騒ぎしていたにも関わらず、ぐっすり眠っています。
どこまでいっても平行線だなー。もう、明日にして欲しいー!
内心、そう思っていました。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、女性は立ち上がって、ゆっくりと子供達を抱き上げ、
(この時、私は不謹慎ながら、お母さんって強いだけじゃなくて、力持ちにもなるんだなーなどと感心していました)
ベランダの方へフラフラと歩き始めました。
何をするんだろう??とじーっと見ていると、ベランダへ出て子供を一人、下に投げ落としました。
その瞬間がスローモーションのように、私にはゆっくりと長い時間に思えました。
ドサッ!

私は慌ててベランダへ行き、下を覗き込みました。
当たり前ですが、小さな子供が頭から血を流して倒れていました。
「何をしているの!救急車!!救急車!!」
叫びながら私は、側にあった電話の受話器を取りました。
女性を横目で見ながら・・・と、今度は物凄く大きな音がしました。
もう一人の子供を落とそうとしているではありませんか!
受話器を放り投げ、慌てて私はベランダへ走り寄りました。
遅かった・・・子供は一足違いで投げ落とされてしまいました。
女性は笑いながら私の顔を覗き込み、手すりから身を乗り出して、「これで、あなたの罪は一生消えない」と言い残して、自らも飛び降りました。
私は部屋の中に居るのが怖くなって、人だかりができるであろう、親子が飛び降りた場所へ駆けつけました。

マンションの玄関から、ちょうど8階上が私の部屋のベランダです。
玄関を出て、そこにあるハズの親子の体を探しました。

・・・見つかりませんでした。

そんなハズはありません。確かに目の前で、二人の子供を次々に投げ落とし、自分も飛び降りたのです!
マンションの周りをウロウロと探し回りましたが、見つかりませんでした。
何が何だか訳が分からなくなって、私は部屋に戻りました。
腑に落ちなくて、まんじりともせずに朝を迎えました。

休日だったのですが、いつもならゆっくりお昼頃まで寝ているのですが、
昨夜のこともあり、9時になり管理人室のカーテンが開くのと同時に、管理人を捕まえました。
勿論、私の部屋、803号室の前の住人や、このマンションについて詳しく聞くために。

昨夜のことを管理人に説明しましたが、管理人はシラを切るだけで何も教えてはくれませんでした。
不動産屋、管理会社、どちらにも電話しましたが、何も聞けませんでした。

ただ・・・お隣の奥さんが、引越しのご挨拶に伺ったときに、
「あなた、お一人で住まわれるのですか?」と、薄ら笑いを浮かべていたことを思い出しましたが・・・

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