私が小学校の頃なので、今から30年前ぐらいになります。
同級生の友達が、近所にある崖の途中に空き家が建っているので見に行かないか、と誘ってきました。
誰かがあれはお化け屋敷だぞなどと言いましたが、当時ではとてもお洒落な家でとてもお化け屋敷には見えませんでした。
竹やぶを背にしたその家は急な斜面の途中に建っていて、小さな庭からは街の景色が臨めました。
そこにだけ通じるコンクリートの階段を4~5人で上り、裏手に回り、戸口の鍵代わりに打ち込まれていた釘を抜いて侵入しました。
一階は4部屋ほどで家具や食器がそのまま残っており、恐る恐る開けた押入れにも座布団や工具が放置されていました。
閉められた雨戸のせいで薄暗い家は、雨戸の上の欄間からの明かりで何とか周りの様子がうかがい知れた程度でしたが、入ってみると期待していたような不気味さも何もありませんでした。
二階は真ん中に廊下を挟んだ2部屋で、雨戸がなかったので下よりかははるかに明るかったです。
左側の部屋は押入れのふすまも取り外され、全く何もありませんでした。
残るは右側の小部屋でしたが、もう慣れのせいで好奇心も薄れ、何かの手続きのように私たちはずかずかと部屋に入りました。
書斎らしきその部屋の隅には椅子のない机があり、それ以外何もありませんでした。
そして最後に私をその家へ誘った友達がその部屋の押入れのふすまを開けました。
予想通りそこには何もありませんでした。
と、みんなが思いました。
しかし次の瞬間、みんなが同時に気付きました。
高さ1メートル奥行きもそのくらいの押入れの奥の空中に、人間の目が二つこちらを見つめていました。
その目は目だけだったのですが、私たちを待ち受けていたかのように私たちとほぼ同じ高さに浮いていました。
少しの間、私たちは全員訳のわからぬまま、何か難しい絵画を見ているかのようにその目を見つめていました。
奇妙なことにそれが何かの汚れとかではなく、人間の目だということだけは確かにわかりました。
仲間のうち一人が
「んーん、何だこれ」
と思わず手を差し伸べ、その目に触ろうとしたとき、
その目が不気味に瞬くと、少し後ろに下がり突然目の光を増しました。
そしてまた暗がりの中で光りだしたその目がさっき下がった分だけ私たちの方にまた距離を縮めて前に出てきました。
その瞬間私たちは口々に何か叫びながら飛び退き、転がるようにして階段を下り、家を飛び出しました。
誰に話しても信じてもらえず、次第に私たちはその話をするのが悪いことのような気さえして誰も口にしなくなりました。
数年後、その家が取り壊されたという話を聞き、
一緒に行った友達に
「あの目はどうなったのかな」
と言うと、
「きっとあのまま後ろの竹やぶの中に入って行ったんじゃないかな」
と言いました。
あれは誰の目だったんでしょうか。
それともそれ以外の何かだったんでしょうか。
考えても考えても未だにわかりません。