実は、バイトとは言え、自分は坊主の真似事もさせられていた。無論、
本山にバレれば問題だ。坊主の真似事とは、檀家の家へ月参りに行かせ
られて、お布施を貰って来る事。当然、屁の様なお経を唱えなければ
ならない。ある檀家の家に行った時の事。そこは木造の古い工場兼住宅
だった。その日が命日なのは、癌で亡くなって、自分も納骨に立ち会った
婆さんだった。婆さんには娘がいて、嫁いだのだが亭主によるDVで実家に
戻っていた。工場の立て付けの悪そうな玄関で声を掛けると、その娘が
迎えに出て来た。自分は記憶に無いのだが、彼女は納骨時にいた自分を
記憶していた。娘は昔のフィギャースケートの八木沼純子に似た東北系の
色の白い人だった。頬には薄らと痣があったが。休業日の無人の工場を
通り、ギシギシ音がする階段を登り、住居のある二階へ通される。
自分は早速、仏壇の前に座り経を上げる。部屋には彼女と私だけだった。
その時、
「この娘(こ)をお願いします」
と頭の中で声が聞こえる。思わず仏壇に置かれた遺影の婆さんを見る。
「お願いします」
背筋に冷たい物が少し走った。
読経を終え、娘がお茶を出し、自分が仏壇を護る事になった経緯を
説明する。しかし彼女の態度が妙だ。顔を赤らめ、伏目がちに話す。
たまに甘えたような声で話す。いくら女音痴の自分でも彼女が好意を
持っている事くらいは分る。次の檀家も有るので、お茶を飲むと
挨拶し立ち上がり、再び仏壇に合掌する。また、
「お願いします」と聞こえる。
玄関で挨拶し、車に乗り込む。彼女は暫く自分の車が通りに出るまで
玄関で見送ってくれた。
バイトを辞め、それ以来、彼女には会ってはいない。
しかし、時たま彼女を思い出すと、母親である婆さんの顔も思い出す。
そして「お願いします」と声が聞こえた気がする。
今は段々記憶は薄れて来たが・・・