心の闇

心の闇 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

高校二年の頃、俺は荒れていた。
楽勝と思われた県立高校の受験に失敗し、低レベルな私立校に通うはめになったからだ。
地方の小都市でのその種の挫折は、都会では想像がつかないほどの敗北感をもたらすものだった。
立ち直れないまま入学したDQN高には、やはり各種DQNが集い、俺も朱に交わって立派なDQNになっていった。

夏休み、俺は、DQN仲間三人と真夜中のドライブに出かけた。
勿論、免許を取れる年齢ではなかったが、一応運転はできたので、親が田舎に行った留守を狙って、家の車を持ち出したのだ。
顔見知りに見られたらまずいので、用心して人のいない方へいない方へと車を走らせていくと、やがて町はずれの寂しい場所に出た。

街灯もろくになく、暗く細い道を適当に流しているうちに、古びた神社の跡を発見した。
ライトで照らすと、鳥居も小さな本殿もボロボロで、石段には苔が生え、見るからに薄気味悪かった。
しかしそこはDQNの見栄で、「心霊スポットかも。おもしろそーじゃん」とわざとはしゃいで探索し、境内を走り回ったり、建物の隙間をバキバキ広げたりした。

やがて、田中(仮名)が裏手の木立で一本の剣を見つけた。
幹に刺さっていたという。
剣と言っても、柄は腐ったのか一部しか残っておらず、一枚の刃といった方が正しいような代物だった。
しかし、手に持つとずしっとくる質感に、阿呆の田中は「お宝鑑定団に出したら、案外値打ち物かも」とか言い出し、その剣を自分のリュックにしまい込んだ。
俺は、いくらDQNに成り果てたとは言え、信心深いおばあちゃんに育てられたので、「こういう場所から物を持ち出すのはやばくねえか?」と一応言ってみたが、「おまえ、なにびびってんの?」と半笑いで言い返され、それ以上は言えなかった。

そのうちに探索にも飽き、俺達は神社跡を出た。
ところが、十分ほど車を走らせた頃、突然車がガタガタ揺れ始めた。
まるでオフロードを走るような激しい揺れ。
いくら田舎でも道は舗装されていたので、もしや故障かと車を停めた。
すると、後部座席のヤツらが「わぁーーー!!」とわめき始めた。

ガタガタ震えながら横の窓を指さしているので、見るとそこには真っ白な無表情な顔をした人間が数人立っていた。

いや・・・人間というより亡者といった方がふさわしいのだろう。

全員白装束で、その目つきは、とてもこの世のものとは思えない。
やつらはガラスに掌をぺたっとくっつけて車を揺すっていた。
俺達が固まっているうちに、亡者はどんどん増えていく。
やがて車は亡者たちに囲まれてしまった。
車の揺れはますます激しくなっていく。

「なんだよーこれー」

助手席の田中が泣き出した。
他のヤツらもべそをかいている。
勿論俺も。
真っ暗闇の中、白く浮かぶ無数の亡者たちが、そんな俺達を見つめている。

そして、信じられないことに、車の揺れに合わせて四つのドアのロックがずり上がり始めた。
このままだとドアを開けられてしまう。
いや、亡者ならば、次の瞬間ドアをすり抜けて入ってくるかもしれない。
物凄い恐怖に心臓が止まりそうだった。

その時、地の底からのような低い声が聞こえた。

「かえせー  かえせー・・・」

返せ?
何を?

決まってる。
田中が持ち出したあの剣だろう。

「田中!さっきの剣、返してやれっ」

俺は叫んだ。
田中はガクブルしながらも、リュックから件の剣を取出した。
その途端それまで無表情だった亡者たちは、いっせいにニヤっと笑った。
そして、田中のそばのドアがバンッと物凄い勢いで開き、剣をつかんだ田中の手を、亡者たちがぐいぐい引っ張り始めた。

「あーーーー」

田中が悲鳴を上げた。
もう「助けて」という言葉さえうまく発音できないようで、首を俺の方に巡らし、必死なまなざしを向けてくる。
助けなければ・・・とは思っても、田中に触れたら俺も一緒に引っ張られてしまうと思うと、どうしても身体が動かなかった。

そして田中は闇の中に飲み込まれていった。

バンッとドアが、開いた時と同じく勢いよく閉まった。
俺達はしばらく動けなかった。
何も言えなかった。

「・・・・田中は? どこに行った?」

その声に我にかえってあわてて窓の外を見たが、亡者も田中もかき消すように消えていた。
外は相変わらずの暗闇。
何もなかったかのような静寂。

「どうするよー」

俺は残る二人に問いかけたが、あの神社に戻ってみようとか、田中を捜しにいこうとか、そんなまともなことは言えなかった。
怖くて怖くて、一刻も早く、生きた人間たちのいる町に帰りたかった。
そして俺達は逃げたのだ。その場所から。
その後、田中の行方はわからない。

田中が家に戻らないということで、担任から電話があっていろいろ聞かれたが、俺達は口裏を合わせて、「夏休みに入ってから会っていない」とシラを切り通した。

すべて話しても信じてもらえる自信はなかったし、無免許運転がばれ、処分を受けるおそれもあった。
もう何も思い出したくないという怯えもあった。
俺達はそれ以上は追及されなかった。
もともと田中は継母との折り合いが悪く、リア厨の頃から家出まがいのことを繰り返していたので、また家出だろうという結論になったらしい。
何より、継母も担任も熱心に捜す気がなかったのだろう。
形ばかりの捜索願が出されただけに終わった。

それ以降、残った俺達はつるむことをやめた。
共通の秘密と罪悪感は、かえって俺達の間に距離を生んだ。
目を合わすことさえ、避けるようになっていった。

俺はそれから必死で勉強した。
その町から離れたかったのだ。
念願かない、東京の大学に合格した俺は、その後一度も帰っていない。
しかし、忘れてはいない。
忘れようとしても忘れられない。
あの日、田中が引きずり込まれていった暗闇。
そして、その暗闇よりもっと暗い人の心・・・。
田中を見殺しにした俺と、心配するふりはしても結局は田中を見捨てた、継母や担任の心の闇・・・。

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