じぃちゃんが入院したのでお見舞いに行った。
病室に入り様子を見ると、じぃちゃんは以外と元気そうだ。
しばらく話をしていると、じぃちゃんがこんなことを聞いてきた。
「Mはんは、どない感じや?」
Mさんとは隣のベッドにいるおばあさんらしい。
どこの誰かまではわからない。
聞くと、つい最近までは仲良く話をしていたが、昨日から声をかけても返事が無いらしい。
心配になったが、じぃちゃんは動けないのでベッドを出て様子を見ることができない。
看護師に聞いても「大丈夫ですよ」と言われるらしい。
俺がどんな人なのかと聞くと、カーテン越しに話をしていただけで、顔も分からないという。
「Mは~ん。どないした~。Mは~ん」
じぃちゃんがMさんに声をかける。
しかし、やはり返事は無い。
俺は悪いとは思いつつも、隣のカーテンをこっそり覗いた。
すると、色白の女がベッドのそばに座っている。
しかも、カーテンにぴったり耳をつけて。
「こいつ!? 俺たちの会話に聞き耳立ててる!?」
そう思った瞬間、女の目がこちらに向いた。
「やべぇ!!」
とっさに顔を引っ込め、何事も無かったように振舞う。
「どないした?」
じぃちゃんにそう聞かれても、適当にはぐらかすしかなかった。
「なんやねん! われもか!」
じぃちゃんは苛立っていたが、なんと言えばいいのか分からない。
「Mはん、おったんやろ!?」
そういえば俺はMさんをちゃんと確認していない。
じぃちゃんが今度は小声で
「もっかい、ちゃんと見てみぃ」
と言っくる。
俺はもう一度となりのカーテンをそっと覗いた。
「Mはん! おるんやろ!」
そのとき、じぃちゃんがMさんを呼んだ。
そして俺は見た。
返事をしようとするMさんの口を、あの女が両手でしっかりと塞いでいる。
口を塞ぎながら、Mさんの顔をじっーと見つめている。
俺は何もできない。
体が動かないのだ。
恐怖で脚がすくんでいる。
すると、女が一瞬ピクリと動き、その後ゆっくりと手を離した。
Mさんは痙攣している。
泡を吹いていたかもしれない。
女はそれをしばらく見続けたあと、なれた感じでナースコールを押した。
俺はじぃちゃんに「Mさんなんて、居ないから」とだけ言い、病室をあとにした。
何もできず、何も言えず、ただ逃げ出した自分がいた。
その後、じぃちゃんが退院するとき、再びあの病院を訪れた。
病室に入るとき、あのときの光景がよみがえり、下半身の血の気が引くのを感じた。
じぃちゃんは「おう!」と元気そうに声をかけてきた。
隣のベッドは空いていた。
帰りの車の中、じぃちゃんがこんなことを言った。
「Mはん、呼吸器系の病気やったらしいな」
「呼吸器つけてて、しゃべれんかったんやろ?
わしに気ぃ利かせて、おらんて言うてくれたんか?」
俺が見たMさんは呼吸器など付けていなかったが、正直恐怖のせいで記憶に自信が無い。
俺は適当に話を合わせた。
その後、2人ともMさんの話題を持ち出すことは無かった。