小学生の頃、学校周辺で、変質者が出没したことがあった。
雑誌や新聞によくある、「子供の前で性器を見せびらかす」というアレだ。
平和な田舎町だったこの町にキチガイの犯罪者が現れた、というで、当時は、大いに話題になったものだ。
その変態は、やり口もスタンスも、そういう一般的な変態のイメージとほぼ一致していた。
そう、絵に描いたような変態だったのである。
しかし、ただ一つ、彼には普通の変態と異なる特徴があった。
彼は、町の子供達の英雄(ヒーロー)だったのである。
実を言うと俺も、実際にこの目で見たことがある。
あれは、夏を迎える前の5月の終わり、夕暮れ午後の授業も終わり、俺は夕日で赤く染まった校庭の片隅で、一人リフティングの練習をしていた。
当時、少年達の間では、「キャプテン翼」という漫画の影響で、サッカーが流行っていた。
当時の町中では、少しでも友達より上手くなろうと、一人で練習を重ねる子供の姿が、あちこちで見られものだ。
そして俺も、そうした少年の一人だった。
だが、そうやって、一人きりで練習していたということが、思いも寄らない出来事を招いてしまったのである。
男は上半身コートにすっぽんぽんという、実にトラディショナルな出立ちで、突然、学校の校庭に現れた。
始めは、何が自分の前に現れたのか、理解できなかった。
ただ、「あのおじさん、何で裸なんだろう?」と思った。
俺はリフティングをしていた足を止め、転がって行くボールもそのままに、呆然と半裸の男を眺めていた。
男は、そんな俺にニヤッとニヒルに笑いかけると、両手両足を振り上げ、全力疾走で突進してきたのだ。
そこで、ようやく我に返った。
俺は「うわわわっ」と、間抜けな呻き声を一声上げると、もつれる足で懸命に走り出した。
数百メートルばかり半ベソ状態で突っ走り、背後に男の姿が迫っているものと覚悟して振り向くと、意外にも、男は校庭の真ん中で、足を止めていた。
そして、ベソをかきながら見つめる俺の目の前で、再びニヤリと笑い掛けると、まるで勝ち鬨を上げるかの如く、堂々と勇ましくコートの前をおっ広げて見せた。
余談だが、変態のナニは俺のオヤジのよりも小さかった。
さて、奇妙なのはここからだ。
男の行動も十分奇怪だが、彼の手口、というか、逃げ足の早さは常軌を逸していた。
それは正しく神業だった。
変質者が小学校に出現・・・ともなれば、大人が黙っているはずもない。
当然、警察が動く。
生徒の両親達の要請を受けて、地元のPTAも臨時のパトロールを行い、学校周辺を警邏する。
こうして、町を上げて対策に乗り出したにも関わらず、男の足取りはようとして掴めなかった。
PTAや警察がうろうろしている時は、ひたすら息を潜め、それらが居なくなると、どこからともなく、奴は現れるのだった。
まさしく神出鬼没と言う奴だ。
おまけに、消え去り方も見事だった。
散々、子供達を追い回して脅かした後、逃げた子供の内の誰かが、大人を連れて戻ってくると、いつの間にか男は消えているのだ。
そう、跡形もなく。
いつしか、この俊足の変態は俺達ガキどもの伝説となり、「大魔王ゾーマ」の呼び名で畏れ敬われる様になっていった。
ゾーマの活躍は、なんと、その後3年間近くも続いた。
夏が近づくや奴は活動を始め、秋口に差し掛かるとそれはぱったりと止んだ。
しかし、4年目の夏には彼は現れず、その後彼が再び現れる事はなかった。
勿論、警察に捕まったのではなく、単に現れなくなったというだけだ。
だから、町の人々は信じていた。
「いつの日か、奴は再び現れる」、と。
そして大人達は戦々恐々と、子供達は胸をわくわくと躍らせながら、魔王の再臨を待ちつづけた。
しかし、二度と伝説が蘇ることはなかったのである。
伝説の俊足変態、大魔王ゾーマ。
かの変態が4年間もの間、如何にして警察とPTAの巡回網から逃げおおせたのか?
彼はいったい何がやりたかったのか、そして、どこへ消えてしまったのか?
それは今尚、謎に包まれている。