曾祖母の心残りなこと
曾祖母(母の祖母)の臨終の際の話。(俺が生まれる前。昭和40年代の話)
当時、曾祖母は既に80代後半。老衰で病の床に伏せっていた。自分の死期が近いことを、既に悟っていたようだった。
曾祖母は、病の床から母(当時高校生)に語ったという。
「自分が死ぬのは天命だ。この歳まで生きれば十分。特に思い残すことはない。ただ、一つだけ、心残りがある」
と。
あの叔母のことだ、と察しのいい母は直感したようだった。
母の叔母(俺にとっては大叔母か)に、1人大酒呑みがおり(いわゆるアル中)、毎日酒ばかり呑んでは暴れ、家事放棄、子供への暴力、と家庭生活も破綻していた。親戚中で、問題になっていた。
「Eのことだ。でも心配するな、私が一緒に連れて行ってやるから。」
曾祖母は母にそう告げたという。
母は、曾祖母が、残された自分達を気遣う気持ちのあまり、突拍子もないことを口走ったのだと思い、うんうん、ありがとうおばあちゃん、と頷き、特に本気にはしていなかった。
その数日後、祖母が他界した。
…通夜・葬式の準備で家が慌しかったその日、母は親戚から飛び込んできた知らせに耳を疑った。
大叔母が、突然死したというのだ。
死んだ時間は、曾祖母が死んだ数分後。
死因は心臓麻痺だとされているが、実際のところ、医者にもよくわからないのだという。
…おばあちゃんが連れて行ったんだ。
本当に。
母はそう確信したという。