オムライス

オムライス 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

わたしはオムライスが食べられなくなりました。
こんな奇妙な出来事があったからです。

以前わたしは、デパートの七階にあるオムライス専門店でバイトしてました。
基本は火・木の夕方からと、土曜全日。
たまに日・祝も働いていました。
ドリアやサンドイッチ等もあり、あとデザート系が充実してましたが、メニューのほとんどがオムライスで、ソースもトマト、クリーム、ミート、カレー等が選べる、オムライスメインの店でした。

その店に、毎週木曜日の夕方六時頃になると、必ず来店するお爺さんがいました。
きれいな白髪でこざっぱりした身なりの、感じのいいお爺さんでした。
いつも隅の、観葉植物の傍の席に座りました。
ひとつ不思議なのは、お爺さんは毎回違うオムライスを注文するのですが、なぜか二種類を一人前ずつ頼むのです。
うちはハーフサイズもあり、二種類のミニオムライスがセットになってるものもあったので、それをお勧めしたのですが、毎回普通サイズを二種類注文し、帰る時にはお皿は二つともきれいに片付いていました。

「あの小柄な爺さんが二人前?」

と、厨房でも話題になったのですが、きっと一人暮らしで、次の日用にタッパにでも入れて持ち帰るんだろう、と結論が出て、

「うちでも、持ち帰り用を始めてもいいかもしれないですね」

との提案まで出ていました。

そして木曜日。六時を過ぎて、お爺さんが来店しました。
その時わたしがオーダーをとりました。
確か、シーフードのクリームソースと、ベーコンとナスのトマトソースで、いつもどおり一人前ずつ注文受けました。
わたしはいつ持ち帰るのか興味があって、事あるごとにお爺さんを観察していました。
お爺さんのオムライスは二つとも交互に、端からきちんと食べられていました。
どちらも半分程の量になっており、

「もしかして二つとも全部食べるのかな……」

と思って見ていたその瞬間、それまできちんとしていたお爺さんが突然、左側のオムライスを手で掴むと、傍の手提げ鞄に放り込んだのです。

「えっ!」

思わず声が出ました。
観葉植物で少し隠れていたけど、確かに見ました。
お爺さんの手はクリームソースでベトベトでしたが、紙ナフキンで拭くと、何事もなかったように水を飲んでいました。
ちょうど店が混んでしまい仕事が忙しくなったのですが、わたしは気になって気になってたまらず、各テーブルに水を注ぎに行く時、お爺さんの所へも廻りました。
水を注ぎながらお皿を見ると、右側ももうなにも乗っていませんでした。
こっちも鞄に入れたのかもと思い、つい身を乗り出してお爺さんの鞄を覗き込もうとしたその時、お爺さんと目が合いました。
今までの印象を覆すような、奇妙なくらい嫌な目つき。
目が合っていたのは一、二秒程の時間だったと思いますが、わたしは硬直して身動き出来ませんでした。

我に返るとうろたえて、そのまま他のテーブルを廻らずに厨房へ戻りました。
もうお爺さんの方を見る事が出来ず、焦りながら仕事をしていたのですが、気付くともうお爺さんは支払いを済ませて、店を出て行くところでした。
わたしはあまりの衝撃で動揺して、他の人にどう言っていいかわからず、誰にも話さないまま、その日の仕事を終えました。

店は周りの飲食店と同じく十時閉店でした。
でもうちは酒類のメニューがないのもあって、八時半頃から急に暇になるので、九時になると遅番の子一人だけになり、他のバイトの子は帰ります。
木曜の遅番はわたしでした。
掃除をし、着替える為に裏の小さい控え室に入り、いつものように縦長のロッカーの鍵を開けました。
開けたとたん、なにかムワッとした臭いがしました。
視線を落とし、わたしは思わず後ずさりました。
ロッカーに取り付けられた、靴を収納する鉄の網の仕切り。
そこにべチャッとオムライスが乗っていました。
わたしは膝を折り、それを凝視しました。
半熟の卵やムキ海老が、わたしの靴の中にまで垂れていました。

鍵をかけているのに、有り得ない……

むかつくとか泣きたいとかの感情はなく、ただ不安で動揺して、ティッシュで拭き取って片付けると、すぐにわたしは帰りました。

そして次の木曜日。
わたしは六時になるまでびくびくしていましたが、お爺さんはその日、店を訪れませんでした。
厨房やバイトの皆は、「体の具合悪くしたのかな」と心配気でしたが、わたしはホッとしました。
そして閉店。
着替えに行ったわたしは、恐る恐るロッカーを開けました。
また生臭い臭いがたちこめました。

そして、靴の上の仕切りにオムライスが……

しばらく呆然としてそれを見ていましたが、厨房へ行き、一人残ってタバコを吸っていた調理の人に、

「すいません、ちょっと来てほしいんですけど……」

と呼びかけました。

「どうしたの」
「あの、ちょっと見てもらえますか?」

とロッカーへ連れて行き、扉を開け、そしてわたしは驚いて叫びました。

「嘘っ!無い!」

跡形も無くオムライスが消えていたのです。
靴にもなにもかかった形跡がなく、臭いもなくなっている……

「えっ何?」

と調理の人に言われ、わたしは咄嗟に、

「虫がいたと思ったんですけど、気のせいでした。ごめんなさい」

と言いました。

「そう?じゃ一応ホウ酸団子置いとくけど……」

調理の人は訝しげにわたしを見ると、厨房へ戻りました。
帰り道、わたしは自分を納得させようと必死で考えていました。

確かにオムライスがあった。

べチャッと崩れた形。

時間の経った卵の臭い。

この前は拭き取っても靴がベタベタして、次の日になってもまだ臭いがしていた。

……でも今、靴はなんともない。

臭いも全然……

考えれば考えるほどわからなくなったわたしは、バイトで一番仲のいい子に、もう零時近かったのですが電話しました。

そして全部話しました。
その子はずっと相槌打ちながら聞いてたのですが、わたしが話し終えると素っ気なく、

「……意味わかんないんだけど」

と呟きました。
それは親身になってくれないとかの次元ではなく、あんたおかしいんじゃないの?と思っている声でした。
その後、シフトを木曜から金曜に変えてもらい、もうおかしな事もなくなったのですが、仲がよかった子がわたしのした話を、『あのこヤバイ』というニュアンスで他のバイトの子に話してしまいました。

それと同時に、お爺さんはもう店に来なくなり、お爺さんに好感を持っていた皆は、なんとなくわたしを冷たい目で見るようになり、居辛くなってバイトを辞めてしまいました。

今となっては、わたしが見たのは本当だったのか自信がありません。
あの子のいうとおり、自分でも意味がわかりません。
でも、あのべチャッとした感覚と臭いだけが、記憶に焼きついて離れないのです。

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