ずいぶんと昔、テレビでみた話。
なんでも、昭和が終わるちょっと前、香川県民の水瓶ともいえる満濃池が干ばつで干上がったそうだ。
満濃池(まんのういけ)は、かの弘法大師が築いた溜め池で、近隣にいくつもある灌漑用池が干上がることがあっても、まず干上がることがなかった池だ。
そして干上がった満濃池から、毛布か何かに包まれた白骨死体が見つかった。
殺人事件として捜査が始まったが、いっこうに手がかりが無く、迷宮入りかと思われる事件となった。
この頃、地元では
「仏さんが見つけて欲しかったんや」
「いや、満濃池に遺体を放ったんで弘法大師さんがお怒りになったんや」
などと囁かれた、という話だった。
その頃から、満濃池周辺では、今までとは比べものにならないほどに幽霊の目撃談が増えた。
いずれも似た特徴を持つ女性の目撃談だった。
一方、捜査本部では、藁にもすがる思いで復顔を試みることになった。(頭蓋骨に肉付けすること)
その復顔を新聞に掲載したところ、岡山に住む女性から行方不明になっている自分の姉にそっくりだとの連絡が入った。
その行方不明の女性の足跡を追いかけていた刑事が、松山のスナックで働いていた事を突き止めた。
スナックの店主に、復顔による顔を見せたところ、間違いなくそこで働いていた女にそっくりで、いつからか行方が知れなくなったこと、そして当時男と一緒に暮らしていた事を証言した。
ところが、その男の行方を追い始めてからすぐに、憔悴しきった顔をしてその男が自首して来たのだ。
聞くと、警察が自分の周辺を調べ始めたことがわかって、すぐに逃亡をくわだてたが、その頃から自分が殺害した女が毎晩のように枕元に立って寝ることができない、とのことだった。
こうしてあれよあれよという間に迷宮入りと思われた事件が解決したが、その直後に讃岐地方に大雨が降り、それまで干上がり続けた満濃池はあっという間に元のように満面に水をたたえるようになった。
この雨を、『弘法大師の涙雨』と呼んだ、というような話。