今回お話しするのは、ある少年が11歳の時に体験した話である。
彼の名を仮にユウキとしよう。
ユウキは大変好奇心の旺盛な子供だった。
何かと発見した事があれば日記に書き留め、それを人に教えず自分だけの秘密にしておく子だった。
ユウキの家から踏切を挟んで少し離れたところに広い麦畑があり、ユウキは夜(20時頃)そこへ出掛け、星を見るのが好きだった。
麦畑には何本もの農道が碁盤状に走っており、その殆どは鋪装されておらず、夜になると車は愚か人の通りもなくなる。
だからユウキは農道に寝転び、何時間も星を眺めていた。
その日もユウキは星を見るために、夕食を済ませると麦畑へ駆けて行った。
ユウキが農道に寝転んで星を眺めていると、誰かがユウキに近付いて来た。
その人物はユウキのすぐ隣で立ち止まった。
ユウキが起き上がって見上げると、それは白いロングのワンピースを着た、髪の長い女だった。
どう見ても30過ぎ。そして彼女は夜なのに、白い日傘を差していた。
ユウキは見た目で人を判断したりしなかったが、この時はさすがに変な人だと思った。
その女は決して美人ではなく、『気さくで話し易い近所のおばさん』と言う印象。
彼女が纏っているレースのついた白いワンピースは、とても不釣り合いな物だった。
彼女はニコニコしながらユウキを見ていた。
ユウキはどうしていいか分からず、ぼんやりと口を開けたまま彼女を見上げていた。
すると彼女の方から「今晩は」と言ってユウキの傍に座り込んだ。
ユウキも「今晩は」と答えた。
すると彼女は突然意味不明な事を話し始めた。
「天守閣にある私の部屋の窓から月に手が届いたから、明日は雨が降る」
とか。
しばらくの間、ユウキは『可哀想な人なんだな』と思って聞き流していたが、熱心に話す彼女に恐怖を憶えた。
「僕、そろそろ帰らなくちゃ。」
ユウキはあまり関わらない方がいいと思い、腰を上げた。
「おばさん、さよなら。またね。」
ユウキは感情を読み取られまいと、平静を装って家の方へ歩き出した。
途中振り返ってみると、その女は開いた日傘を自分の隣においたまま、まだ膝を抱えて座り込んでいた。
ユウキはまた歩き出した。
踏切の手前まで来て、ユウキはもう一度後ろを振り返った。
何だかあの女が気になって仕方なかったのだ。
するとあの女は四つん這いになって、ユウキのすぐ後ろまで追いかけて来ていた。
髪を振り乱し、物凄い形相だった。
と、警報が鳴って遮断機が降りて来た。
ユウキは遮断機をくぐり抜け、慌てて逃げた。
女も後に続き、踏切の中に入った。
とその時電車が来た。
既に踏切から出ていたユウキは、女が轢かれると思って目を閉じた。
ところが電車は何事もなかったかのように通り過ぎ、女の姿はもうなかった。