赤いシャツの女性

赤いシャツの女性 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

2年前の7月頃だった。
その日、来週に迎える彼女の誕生日プレゼントを買いに、都内のある繁華街に居た。
俺はその日バイトが休みだったので、昼過ぎからうろうろとプレゼントを物色していた。
交差点の向こうに彼女が気に入りそうなアクセサリーのショップがあったなぁ・・・なんて考えながら、そのスクランブル交差点で信号待ちをしていた。

ふと反対側の歩道の同じく信号待ちをしている人々の一番右端に居る、赤いシャツの若い女性が視界に入った。
瞬間、背筋がゾワッとする感じがした。
視界の一番端に入っただけで、直視した訳ではない。
というより、直視出来ない何かを感じた。
俺には霊感とか全く無かったが、本能的に「あれはヤバい」と感じて、信号が青に変わったと同時に俺は斜め左前方に進路を進めた。
気のせいかな?と自問自答しながら、薄気味悪かったので早くこの場所から離れようと思って早足で歩いていた。
それでも、怖いもの見たさなのか、どんな容姿なんだろ?とスケベ根性が頭をよぎり、一瞬だけ目線の先を右側に送った。
ちらっとだけしか見れなかったが、その女性らしき姿はそこにはなく、同時に今度は全身の血が逆流するような身の毛のよだつ感覚と、鳥肌がブワァと立ち、ガバッと反射的に前に向き直った。

赤いシャツの女性は目の前に居た。

セミロングの髪に、チェックのミニスカにルーズソックス。
顔立ちや服装から女子高生に間違いないだろうが、生気が全く無い表情から、『この世の者ではない』と一目で本能的に理解した。
何より、赤いと思っていたシャツは、彼女の首筋に真一文字に入った切り口から流れ出た大量の血が染めていた色だったからだ。
思わず「うっ」と呻く俺の傍らをその娘が通り過ぎる時、頭の中に直接、無数の虫の羽音に似た耳鳴りと共に、低いくぐもった女の声が響いてきた。
声ははっきりとした言葉としては認識出来なかったが、苦しみとか、怨みとか、怒りとか・・・、色々な感情が渦巻いている様な、思念みたいな感情が脳にダイレクトに響いてくる感じだった。

気が付くと交差点の途中で硬直して立ち止まっていたらしく、車のクラクションで我に返った。

「・・・何だ・・・・・・今の・・・?」

周りを振り返っても赤いシャツの女子高生は確認出来ず、白昼夢か幻を見たような、しかし全身は汗でびっしょりだった。
もうなんだかプレゼントを探す気力も失せて、その日は帰る事にした。
あの一瞬の出来事で、どっと疲労感が身体を重くしていた。

帰る道すがら、あの娘は一体何だったのか?と色々考えていた。
自殺でもしてさ迷っているのか?
首筋の傷からも、誰かに殺害された娘なのか?
若いのに無念だったろうなぁ・・・と。
なんだか無性に悲しくなり、柄にもなく心の中で手を合わせてみた。
もしかしたらそれがいけなかったのかも知れない。

夕方4時頃、ヘトヘトになりながらアパートのドアを開けた瞬間、誰かに思いっきり背中を蹴られて、躓(つまづ)きながら両手を付いて玄関に倒れ込んだ。
振り返ると、そこには誰も居なかった。
すぐさま外の共用廊下を見たが、誰も居ない。

「・・・連れて帰って来ちゃった!?」

元々霊感が無いので、交差点ですれ違って以降、何かを感じる気配は特に無かった。
単純に躓いただけか?と無理矢理自分に言い聞かせるように部屋に入った。
入ったと同時に、部屋の一角に目が行った。
机の上に飾っていた彼女との2ショットの写真が、ビリビリに破かれて机の上に散乱していた。

「連れて来たんじゃなくて・・・今、出て行った?」

虫の知らせか、何か嫌な予感がして、俺は彼女の携帯に電話した。

・・・・・・出ない。

多分これからバイトだろうから今電車の中か何かで出られないんだ、とまた自分で自分に言い聞かせている。
心臓がバクバク鳴っている。
俺はもう一度彼女に電話をかける。

が、出ない。

いてもたってもいられなくて、とりあえず彼女の安否を確認したくなり、彼女のバイト先に行ってみようと思った矢先に携帯が鳴った。
良かったぁと思って着信画面を確認すると、非通知の表示だった。

「・・・もしもし」

声はない。
代わりに電波が悪いのか、スピーカーの向こうからは雑音のようなノイズしか聞こえてこない。

「もしもし?・・・もしもし!」

何か向こうで話しているような気もするのだが、雑音が酷すぎて聞き取れない。
埒が明かないので電話を切った。
切った瞬間、違和感に気付いた。

「なんで着信音が鳴ってるんだ?」

通常、俺は非通知着信は受信拒否に設定している。
ただ拒否に設定していても、ピリリと一瞬だけ音が鳴ってしまう。
だが着信音は非通知だったにも関わらず、電話に出るまでの数秒は鳴り続けていた。
背中を冷や汗が滴るのを感じ、頭の中で何かヤバいと思っていると、また携帯が鳴った。

非通知だった。

しばらく出ようかどうしようか画面を凝視したまま固まっていたが、意を決して出ることにした。

「・・・・・・誰?」

相変わらずノイズが酷かったが、向こうの声を聞き取ろうと、受話器に当てた耳に神経を集中した。

「・・・・・・・・ワ・・・・・タ・・・・シ・・」

怖くて携帯を放り投げた。
女の声だった。
何をどう整理して考えればいいのか分からず、頭の芯がカーッと熱くなり、目眩がして倒れそうになった。
それでも、彼女の身にも何か善からぬ事が起こりそうな不安が拭えず、もう一度携帯を拾い上げ、アパートを飛び出した。
駅に着くと構内アナウンスで、「●●駅で人身事故のため運転を見合せている」との案内が流されていた。
彼女がバイト先に行くために乗り換える駅だった。
駅に向かう途中も、何度も彼女の携帯に電話をしたが応答が無い。
人身事故に遭ったのが彼女と決まった訳ではなかったが、半分泣きそうになりながら、「無事でいてくれ、人違いであってくれ」と心の底から念じていた。

その時、携帯が鳴った。

非通知だった。
息を飲んで電話に出る。
受話口の雑音も、周りの雑踏の音も耳に届かず、その声だけが頭に響いた。

「・・・・ワ・・・タ・・・シ・・・ジャ・・ダ・・メ・・?」

頭の中が真っ白になった。
得体の知れないモノに逆ナンされているのか俺は!?
とっさに、「彼女をどうした!!彼女をどうした!!」と叫んでいた。
しかし、電話はもう切れていた。
気が動転していたのか、着信履歴からその女に電話をしてもう一度文句を言ってやろうかと履歴画面を出した。
非通知の着信履歴は一件も無かった。
冷静に考えれば非通知相手にこちらから電話は出来ないのだが、着信履歴は残るはず。
だが、俺の携帯は昨日の夜から誰からも着信していないのだ。

白昼夢?

一瞬、今日一日の出来事は、全て俺が勝手に妄想した絵空事だったのか?と無理矢理に納得しかけた時、再び携帯が鳴った。
着信画面には彼女の名前が。
あまりに現実離れした今日の出来事を、この彼女の電話一つで打ち消してくれる気がして、一気に安堵して電話に出た。
しかし、電話口からは聞き覚えのない男性の声が出た。

「××警察です。○○(彼女)さんのお知り合いの方ですか?」
「・・・そうですが?」
「○○さんなんですが、実は先ほど●●駅で事故に遇われまして、現在病院に搬送しているところなんですが・・・」

警察の方の話だと、彼女は駅のホームから転落し、命に別状はないものの、頭に怪我をして意識が朦朧としているらしい。
万一のため身内の方に連絡をしようと携帯を拝借し、俺からの度重なる着信履歴に気付いて連絡をしてくれたという。
彼女とは同じ大学だったので、そこに電話をして実家の連絡先を調べてくれと伝え、彼女の搬送先の病院を聞いて電話を切った。

途端、怒りが込み上げてくる。
絶対あいつがやったのだ。
陳腐な三文小説地味ているが、嫉妬心から俺の彼女を殺して俺を奪おうとしているのだと、その時は本気で思った。
彼女の容体もすごく気になったが、それよりも先ずもう一度あいつに会ってはっきりケリを付けなければと思い、なぜだか俺はもう一度昼間の交差点に向かった。

辺りが少し暗くなりかけていたが、昼間よりも信号待ちをしている人達はさらに増え、それでも例の場所に同じように赤いシャツのそいつは居た。
怖さとか不可解さとかを超越して俺はその時は怒りに満ちていたので、こっちから詰め寄ってそいつに向かって大声で怒鳴っていた。
途中、そいつの隣に居た3人組のホストだか客引きだかが、自分達に絡んできたと思い込まれ胸ぐらを掴まれたりしたが、そいつらにも赤いシャツの異様な姿が見えたのか、誰も居ない空間に構わず怒鳴っている俺を気味悪がったのか、気が付くと居なくなっていた。

その間も赤いシャツのそいつは無表情でただ前だけを向いていただけだったが、俺が少し正気を取り戻し、そういえば昼間に手を合わせた時の事を頭の中で思い返して少し心苦しく感じた瞬間、目の前からそいつはスーゥと消えた。

そして、また非通知から着信が入った。

「・・・・・・」

無言だった。
言いたい事は全て出尽くした感があり、俺も何を言えば分からず無言でいた。
うまく説明出来ないが、別れ話を電話でしているような気まずい雰囲気というか、お互いがお互いの次の言葉を待ってるというか・・・。
相手から嫌な雰囲気が感じられなかったからそう思ったのかも知れないが。
俺は勝手に、あいつも分かってくれたんだなと解釈して、思わず「ごめんな」と口に出してしまった。
そのまま電話は切れた。

後日、彼女が入院している病院へお見舞いに行った。
思っていたよりも彼女は元気で、後頭部を十数針縫ったものの、後は軽い打撲程度で済んだ。
ホーム下に転落こそしたが、電車の到着まではまだ時間があり、駅員が緊急連絡をして最悪の難は免れた。
その後、ホームに居合わせた人達に引き上げられ、病院に運ばれたらしい。
複数の目撃者の証言から、彼女が一人でふらふらとホームから落ちる姿が目撃されており、彼女も模試の追い込みで連日徹夜続きだったらしく、落ちた瞬間の事は詳しくは憶えていないそうだ。
それよりも、ホームから心配そうに声を掛けている人達の狼狽した姿を下から見上げて見ているアングルが新鮮だったとか、彼女は嬉々としながら記憶の断片を思い返すように俺に熱く語っていた。

「なんにしろ無事で良かったよ」
「てゆーか、あたし自殺とか勘違いされちゃってんじゃないかと思うと超ハズいんだけど(笑)」
「ところでさ、あと他に何か気付いたとか変なところとかなかった?」
「ん?特にない(笑)」

俺は彼女に余計な心配を掛けたくなかったから、あの出来事については一切話さなかった。
出来れば俺一人の思い過ごしか妄想で処理したかった。
いや、あくまでそう自分に言い聞かせたかったからだ。

「あ!そう言えばあの時、変な感じの女の子がいた」
「えっ!?」
「ホームの上からサラリーマンとか男の人達が私を助けようとしてた時なんだけど、その子だけ私のこと気にもしないでシカトっぽかった」
「その子・・・どんな格好してた?」

突然、ピリリっと携帯が鳴った。
彼女に「病院では携帯の電源は切っておけ」と突っ込まれ、ゴメンゴメンと謝りながら携帯を取り出し、確認した。
非通知からだったので呼び出し音はすぐ止み、履歴にも着信が残っていた。

そう・・・もう終わったことなんだな・・・。

「で、その子の格好だっけ?」

そう言われて顔を上げた。
携帯を耳に当て、首から流した血でシャツを真っ赤に染めた彼女がニヤリと笑って俺を見ていた。

「コ・ン・ナ・カ・ン・ジ」

「マ・タ・ア・エ・タ・ネ」

俺はその場で気絶した。

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