父が酔うとよくするはなし。
今はもうさすがにいませんが、昔、野犬の群れってうろついてたじゃないですか。
たま に人が襲われたなんて話も聞きましたよね。
そんな野犬の群れが家の近所にもいたのだそ うです。
十匹近くの群れで、だれも使ってない廃屋を寝倉にしていたそうです。
これだけの数になると子供はいうまでもなく、大人も怖くて近づけない。
しかもリーダーの犬が賢いらしく、仕掛けた毒まんじゅうにまったく食いつかず、保険所の野犬狩りも事前に察知してか廃屋に近づくとすでにもぬけの殻。
こんな状態が続いたそうです。
このままではいつか襲われる人間が出るかもしれない、そんな感じでみんなびくびくしていたのですが、あるときからぱったり野犬が町に現れなくなった。
町のみんなはどこかに行ってしまったと思ったそうです。
しかし……
あるとき(夏のはじめごろだったらしい)、廃屋のそばを通りかかった父。
すごい異臭に気づいたそうです。
どうやら廃屋からする。
野犬の根城になっていたことは知っていましたが、なぜかそのときはどうしても確かめたくなったそうです。
最近野犬を見ないということもあったのでしょうか。
廃屋の中に入ると、すごい腐敗臭がしたそうです。
……野犬は全部死んでいたそうです。
ただその死に方が異様でした。
どの死体もみななにものかに噛み殺されでもしたようなひどい状態だったそうです。
実際、噛み裂かれた腹からはみでた腸が途中でなくなっていたり、後ろ脚の肉が噛みちぎられていたりしていたそうです。
もちろん蛆虫も涌き出ていた りで見ているだけでも悪かったとのこと。
とにかくひどい腐敗臭と凄惨な死体に吐きそうになりながら、家にもどり、近所の人たちに廃屋で見たものを伝えたのだそうです。
それで結局、放置しておくわけにもいかないので死体を片付けようということになり(といっても廃屋のそばに埋めるだけのことだったようですが)、もう一度戻ることにしたそうです。
そして、臭いに耐えながら死体を片付けていたら、近所の人が突然悲鳴をあげたそうです。
みんながその人のほうを見ると、廃屋の片隅を指さしている。
そこには明らかに人間のものと思われる手形が犬の血でもってべっとりと壁に残っていたそうです。
そして、手形の下には2週間ほど前の日付とともに一文字
「喰」
と書いてあったのだそうです。