ダム湖の水位が下がり、いくつかの建物が、その姿を現していると聞かされた。
話の流れで、ダムの底を探検しようという話になった。
無論、いけないことと知った上でのことだ。
あまり、人目に立たぬ方が良い。
前夜から出かけ、干上がったダムを見下ろしながら朝を待った。
空が明るくなる頃、ダムの底へ足を着いた。
表面は固く乾き、ひび割れの縁がめくれ上がっていた。
どぶ泥特有の悪臭はあったが、思っていたほどではない。
濃い朝もやがダムに沈み、ダムを巡る道路からの視界を遮っているのも、少々気が引けている俺たちには好都合だ。
道路から外れると、何があるか分からない。
かつてのガードレールを目印にし、スキーのストックで地面を突きながら、慎重に進んだ。
交番らしい小さな四角い建物。
崩れかかった木造の大きな建物は、学校だろうか。
道路をふさぐように倒れた柱は、よく見ると鳥居だった。
地面には、最近のものらしい足跡が、いくつかあった。
コンクリート製の、小さな建物の引き戸が外れている。
窓は無く、何かの備蓄倉庫だと思われた。
それが焼けているようだと言い出したのは、消防署に勤務する男だ。
彼によれば、火災で焼けたようだという。
長いこと水に浸かっていても、そうした跡は消えないらしい。
そして、火災による熱で変形した、鉄製の引き戸。
戸口から中を覗き、目に付いたのは花束。
花屋で作らせたと一目で分かる花束だ。
置かれて、まだ数日しか経っていないように見える。
火事で誰かが死に、その遺族が訪ねて来たのだと思いながら、暗く、四角い倉庫の内部を見回した。
床には、泥が薄く積もっている。
そして、骨。
乾いて縮んだ泥の表面、原野の化石のように浮かび上がっているのは、何かの骨だ。
抱えなければ持てないほど大きなものがあり、指先に乗るほどに小さなものもある。
少しばかり、などという量ではない。
小さな小屋の内部を、上から下まで、大小の生物で充満させたと思えるほどの量がある。
火災はきっと、人為的なものだ。
その思いつきで、ダムの底を探検する気など、失せた。
その場から引き返したが、朝もやは薄くなり、振り返ると、小屋はいつまでも見え続けていた。
妙に不快で、いつまでも心に残る光景だった。