2年くらい前の話。
友人の大野(仮名)は自分で作った怖い話を、携帯小説でやっていた。
確か、水溜りの怖い話とか、クローゼットの怖い話とかを書いていたと思う。
私は彼のその小説を暇な時に読んで、
「ははは、よく考えるなあ(笑)」
と思っていた。
だけど、その小説のある話で、私は「・・・え?」となった。
その話とは、釣りの話だった。
話の内容はこうだ。
釣りを終えた男性の前に、釣り人であろうおじさんが現れる。
おじさんは男性の隣で、釣りの準備を始める。
その時、針に付けるのが餌ではなく、人形なのだ。
男性は「それは何ですか?」と尋ねると、おじさんは「囮(おとり)」と言う。
男性は気味が悪くなったが、興味本位で聞いた。
「何を釣るのか?」と。
おじさんは黙ったまま、日が沈んだ海に指を差す。
その先には『白い手』があった。
それを横目に、おじさんは言った。
「アレを釣るんだ」
こんな感じで話は終わるのだが、私は読み終えた時、
「これは作り話ではないのでは?」
と何となく思い、友人の大野に聞いてみることにした。
大野は「あー、あの話・・・」、と頷きながら苦笑いした。
それから、
「あの話は俺の体験談を元にして作ったものなんだ」
と言った。
私は、その元になった体験談というのが気になって、どういうのか聞いてみた。
大野は少し悩んだ後、ゆっくりと話し始めた。
大野は昔から釣りが好きで、昔はよく釣りに行っていたそうだ。
しかも、自宅から歩いて1分ほどの場所に漁港があるから、すぐに釣りに行ける。
休日を利用して、朝から行って、夕方近くに帰ることが多かった。
その大野が体験した話。
学校も夏休みに入って、大野はほとんど毎日、釣りに行っていたそうだ。
そして、休みを理由に、朝から夜の9時頃まで釣りをしていたこともあった。
夜の9時まで釣りをしても、自宅がすぐ近くにあるので、彼の両親は特に何も言わなかったそうだ。
事が起きた日も、大野は夜の9時近くまで釣りをしていたそうだ。
そして、帰ろうとして釣りの片付けをしていると、ある1台の車が数メートル先で停車した。
その車から四十代くらいのおじさんが降りてくると、
近くにいた別の釣り人に、
「空いてますか?」
と聞いた。
その釣り人は、
「ええ、空いてますよ。ただ、根がかかりやすいので気をつけた方がいいですよ」
と親切に教えた。
四十代くらいのおじさんは、
「そうですか。ありがとうございます」
と言うと、車から道具箱を取り出した。
何となくその光景を見ていた大野は、特に気にもしなかったそうだ。
だが、片付けが終わり、荷物を持って帰ろうとした時、仕掛けを作り終えたおじさんが、暗い海を眺めながら呟いた。
「・・・ああ、あんなに髪の毛が伸びてちゃあ、そりゃ引っかかるよ」
大野は逃げるように自宅へ帰ったそうだ。
それ以来、釣りに行く機会が減ったという。
この話を聞き終えた私は、気味の悪い寒気を感じた。
「それ、空耳だったんじゃないか?」
と聞くと、大野は首を横に振った。
「あれは空耳ではなかった。確かに髪の毛がどうとか呟いていた」
と大野は言った。
その後、大野は苦笑いしたまま、こう付け足した。
「仮にあれが空耳だったとして、なんでその年に釣り禁止の立て看板が立てられたんだろうな」
大野の話が本当か嘘かは分からないが、たとえ嘘であっても、この話は洒落にならないと思った。