黒い貴婦人

黒い貴婦人 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

俺の妹は霊感が強い。
とゆうかそうゆう家系らしい。
俺が16の時だから妹が中2の時の夏だと思う。
もうすぐ夏休みとゆう時期だった。
勉強が嫌いとゆう理由でDQN高校に通っていた俺は、遅刻しているにも関わらず喫茶店で小説を読んでいた。
冷房のよく利いた店内は天国のようで、一歩外に出ればヒートアイランド。
工事現場では汗を流しながら土方が仕事をしていた。
地獄の釜を開けた様なとはよく言ったもので、結構な酷暑でTVでも記録的とゆう言葉を記録的に安売りしていた。

こんなに熱い日はあらゆる異常が起こりやすいのかも知れない。
アスファルトの熱で歪んだ景色は現世との境目があやふやになっているのかも。
俺は結局学校をさぼりバイト先のファミレスへ向かった。
おばはん達の濁声の苦情に苦笑いを返しつつ、苦行を乗り越えた体で家路につく駅前を通ると噴水に黒ずくめの女の人が腰掛けていた。
多分喪服だと思う。
キリスト方面の。顔が隠れるベール付きの帽子とドレス。
外人さんかな、と思いながら見ていると目があった気がした。
慌てて会釈をして通り過ぎた。
視界の端で、上品に微笑み会釈を返す黒い貴婦人の姿を見た気がする。

やはり目が有って会釈をすると微笑みと会釈が返された。
俺は何となくいい気分で家に帰った。
愚かにも

家へ帰ると妹がリビングのソファーで横になっていた。
足下には飼い犬三匹が眠っていた。
うちは両親とも共働きで夕飯は俺が作ることになっていた。
しかしその日は珍しく妹が夕飯の用意をしたらしい。
テーブルの上にはすでにカレーが置かれていた。
珍しいな。遅くなって悪かったな。
妹はテレビのリモコンをいじりながら言った。
お兄ちゃんさあ

あんまり知らない人に関わらない方がいいかもよ

そのときは意味が分からなかった。
妹が意味分からないのはいつもの事なので聞き流していた。
やはり俺は学校をさぼり喫茶店で三島由紀夫を読んでいた。
七時の閉店時間までコーヒーと軽食で粘り、外へ出ると辺りは薄暗くなっていた。
ポツポツと雨が降り出した。
ほんの小雨だった。
喫茶店に置いていかれた傘を借り家路を急ぐ。
駅前の噴水を通りかかると、昨日と同じように喪服の女性が座っていた。
雨に打たれながら。

俺は立ち止まり、女性の上に傘をかざした。

女性がベールに隠された顔を上げる。
アップにした後れ毛がブロンドで、やはり外国の人だったかと思った。

濡れますよ。
俺が言うと女性はベールに隠された顔で穏やかに笑った。
優しいのね
たぶんそんなことを言ったんだと思う。
雨の中何をしてらっしゃるんですか
人を待ってるの。
でもその人は来ることは無い。
正直なところ、ブロンドの喪服の年上女性と一夏の恋を期待していたのは否定出来ない。
もうあの人にお別れを言うべき時期なのかも知れないわね。
女性は立ち上がると傘を持った俺の手をそっと握った。
冷たかった。
あなたはこの町の人かしら?
はい。
○○墓地へ行きたいの。
彼女は大きな外人墓地の名を告げた。

次第に強さを増す雨の中を俺は外人墓地へ向けて歩いていた。
少し遠回りになるが家と方角は同じだ。
走れば十分ほどの霊園の一角にその外人墓地はある。
傘を彼女に渡し、俺は雨に打たれながら歩いた。
夏とはいえ夜も深さを増し、雨も降っている。
まばらにしかない街灯がやけに頼り無く見えた。
あなたはこの辺りの人かしら?
ええ。歩いても近いですね。墓地からも遠く無いです。あっ。見えましたね。
俺が指さす方向に大きな外人墓地が見えた。
映画で見るような石版の墓が規則正しく並んでいる。

ここです。
俺は言いながらスケベ心もあり彼女の顔を盗み見た。
顔に掛けられたベールは思いのほか厚いのか、街灯の真下でも彼女の鼻先から上を見る事は出来なかった。
顎のラインや輪郭、鼻の形なんかは外人さんだけあってかなり整ってた。相当美人なんだろーなと予測。
ありがとう。
彼女はそれだけ言うと傘を俺の手に返した。
風邪を引いてしまうわ。今日はありがとう。こんな町にもあなたみたいな優しい人がいたのね。
実は下心ありありだったなんて言える筈もない。
この時点で俺は彼女に好感を持っていた。落ち着いた物腰や涼しげな雰囲気。なにより美人。

しかもスタイル抜群のパツキンの貴婦人(といっても三十路には差し掛かってないと思う。外人は老けて見えるから案外20代前半かも)。
雨の中の出会い。
ロマンティックじゃないか。
正直なところ淡い恋心のようなものもほのかに抱き始めていた。
俺は健全な高校生で、DQN高校で馬鹿だった

彼女は雨に濡れながら墓地へ続く階段に足をかけた。
意を決して彼女の横に並ぶ。
傘を彼女の上に。
彼女はびっくりした様に俺を見上げた。
危ないから墓参りが終わるまでつき合います。
俺が言うと彼女は驚き、少ししてから微笑んだ。
KOされそうな微笑みだった。
本当に…優しいのね。
彼女はそう言うと傘を持つ俺の手の上に両手を重ねた。
雨に濡れたその手は冷たかった。
別に優しい訳じゃなく、あくまで下心有りだったのに。

俺と彼女は密着したまましばらく歩いた。
彼女は俺に身を預けるように密着している。
舞い上がりきった俺は彼女の話もほとんど右から左に抜けていた。
この町にいい思い出なんか無かった。
そんなことを言ってた気がする。

しばらく歩き、彼女は目的の墓の前で止まった。
周りに比べると比較的新しい墓の様だ。
でも墓石なんてそうそう風化するもんじゃないから、周りの墓が古いだけなのかも知れない。
彼女は石版の上に花を一輪乗せると、多分名前が掘ってある部分を指でなぞり、言った。
なにひとつ幸せな記憶も無く死んでいった人は、なんの為に生まれてくるのかしら。
俺は何も言えず。阿呆のように、ただ立ちつくしていた

今日は優しくしてくれてありがとう。
墓地の入り口前で、彼女は俺の傘を握り言った。
こんなに優しくして貰えたのは初めて。
あなたのことは忘れないわ。

傘は彼女にあげた。家は走れば近いし、雨も止みそうだった。
別れてから坂道を少し歩くと、携帯の着信音が鳴った。
坂の下の墓地を振り返ると、彼女は街灯の下で微動だにせずに俺を見送っていた。
妹からのメールだった。
遅くなっちまったから怒ってるだろーな。
メールを開いた。

走って帰れ。

命令メールだった。腹を空かしているのだろう。
続いてまた妹からメールがきた。
なんだ?お使いかな?

絶対に振り返っちゃだめ

耳のすぐ後ろで衣擦れの音が聞こえ、かすかに香水が香った。
全身の毛穴が開き、パニックとともに冷たい汗が噴き出した。

俺は全力で走った。
気持ちばかりが先を走るが体はイメージ通り走ってはくれない。
全身が泡立つのを感じる。
怖いなんてもんじゃない。
捕まれば終わりだと漠然と確信する。
わたし優しくされたの初めて
耳元で聞こえる筈の無い声が囁く。
わたしと…
優しく肩を掴まれた。赤いマニキュアの指が見えた。
さらに耳元で囁く
一緒に…
俺はかすれた悲鳴を上げてそれを振り払い、走り続けた。

うふふふふふふふ

笑い声があちこちから聞こえた。
あまりの恐怖で気が狂いそうだった。
制服のシャツの背中を何本もの手が掴もうとする。
背中に爪が食い込むのが分かった。
なにかが背中に触れる度に、恐怖が皮膚の下を這い回る。
頭の先から爪先まで冷たい汗で濡れていた。
不意に頭のすぐ後ろで息を吸う気配がした。

つ か ま え た

肩の上から回された腕が俺の胸の前で合わさる。
赤いマニキュア。
右の人差し指だけ色が無かった。
後ろを振り向かずとも視界の端で彼女の横顔を見た。
涼しそうな唇が三日月のように吊り上がる。

きゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!

甲高い笑い声が頭で鳴り、意識が遠くなるのを感じた。

右肩ににガツンと衝撃を受け、呼び戻された。
目の前には布に巻かれた棒のようなものを持った妹が立っていた。

うふふふふふふふ…

笑い声が遠ざかっていくのが聞こえた。
お兄ちゃん大丈夫?
妹が俺の後ろ遙か遠くを睨みながら言う。
右肩に激痛が走った。
…なあ、お前、俺を殴った?よな?
妹は持っている棒を後ろ手に隠した。

怯えながら家へ帰る途中、妹が言った。
わたし言ったよね?余計なものに関わるなって
霊感が異様に強い妹は慣れたもんで、怯えた様子は微塵もない。
あんな血だらけの女に話しかけるなんて、お兄ちゃん女ならなんでもいいんじゃないの?

え?いま、なんて言った?
血だらけ?
あんなに綺麗な人だったじゃないか

恐る恐る、彼女に掴まれたシャツを見た。
腕の形の赤い跡が付いていた。
彼女が触れた右手にも、べっとりと血のようなものが付いていた。
ぞっとして服を脱ぎ、シャツの背中を見てみると幾つもの赤く擦り切れた手形。
気が遠くなった。爪が…
背中の手形の一つ、ちょうど人差し指に当たる部分に、剥がれ落ちた真っ赤な爪が食い込んでいた。
うっ…
俺はアスファルトに吐き、目眩を覚え気を失った。

次に目が覚めると見慣れた天井。
自分の部屋だと気づき、溶けそうなくらいの安心を覚える。
小さな話し声が聞こえ机に目をやると妹ともう一人、妹と同じ制服を着た女の子が話し込んでいた。
二人してなにかを見ているようだ。
ね…ぐいよね…おにいさん…
わたしも…にいちゃ…たい…は…おもわな…
声をかけようとしたが眠かったので眠った。

淡い夢の中で喪服の女が部屋のドアから顔を半分出して俺に微笑んでいた。
不思議と恐怖は無かった。
彼女が囁く。
何一つ幸せじゃなかった人間は天国へ行けるかしら?
わからない。
うふふ。うふふ。
笑いながら顔を覆っていたベールを上げる。
ベールに隠されていたのはとても美しい顔だった気がする。
だが一筋、そしてまた一筋と、彼女の頭から赤い滴が滴り落ちる。
耳、鼻、目、口、あらゆる穴から血の滴が流れ始める。
瞬く間に美しい顔は血のラインで真っ赤に汚れた。
あなたのことがとても気に入ったわ。
しゃべる度に、唇が閉じる度に、ぴちゃぴちゃと溢れ出る血液が飛び散る。
やめてくれよ。嬉しくないよ。

うふふふふふふふきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃきゃ

彼女は涼しい顔をして、壊れたように笑った。

翌朝疲れきった体のまま目を覚ますと、机の上に何かが置いてあった。
達筆で書かれたお札だった。
ああ、昨日来てたのはあの子だったのか。
妹の同級生に神社の娘が居る。
可愛い子だったが妹の友達だけあってなかなかの曲者とゆう印象だ。
お札の下に何冊かの雑誌が綺麗に角を揃えて置かれていた。
俺は気が遠くなった。

秘蔵のエロ本だった。

ふふふふふふふ

ビクッとしてドアを見ると、顔を半分だけ覗かせた妹が笑っていた。

お兄ちゃん変態…

妹が感情の無い目で言い、俺はただなんでもないふりをした。

これからしばらくの間、夏が来る度に黒い貴婦人に怯えることになる。
いまだに彼女の笑い声が耳にこびりついて離れないでいる。
解決したと思っていたが甘かったのかもしれない。
なんかさっきから家鳴りがひどいんすよ。酒飲んで寝ます。
参ったな。妹いま居ないんすよね。犬がドア引っかいてるし。
明日相談してみます。とりあえず犬と寝ます。
おやすみ

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