師匠シリーズ 第87話 デス・デイ・パーティ

師匠シリーズ 第87話 デス・デイ・パーティ

大学一回生の冬。俺は当時参加していた地元系のオカルトフォーラムの集まりに呼ばれた。
いや、正確には見逃していたのかそのオフ会の情報を知らず、家でぼーっとしていたところに電話がかかってきたのだ。
「来ないのか」
京介というハンドルネームの先輩からのありがたい呼び出しだった。
俺は慌てて身支度をして家を飛び出す。
時間は夜八時。向かった先はcoloさんというそのフォーラムの中心的人物のマンションで、これまでも何度か彼女の部屋でオフ会が開かれたことがあった。

ドアを開けると、もうかなり盛り上がっている空気が押し寄せてくる。
「お、キタ。キタよ。はやく。こい。はーやーく」
みかっちさんという女性がかなりのテンションでこちらに手を振っている。
部屋の中にはすでに五人の人間がいて、それぞれジュースをテーブルに並べたり、壁にキラキラしたモールをかけたりしていた。
そしてテーブルの真ん中にはいかにもお誕生日会でございますという風体のケーキが鎮座していて、そのホワイトクリームの表面にはチョコレートソースで「colo」と書いてあるのだ。
なんだ。coloさんの誕生日パーティなのか。
いつもは降霊会なんておどろおどろしいことをしているオフ会なのに、今日はずいぶん可愛らしいな。と思ったが、やがてこの人たちを甘く見ていたことを思い知ることになる。
用意されていたローソクがケーキの上に立てられて行くのをcoloさんは一番近い席でじーっと見ている。
あいかわらずよく分からない表情だ。嬉しそうにしてればいいのに。

やがてローソクをすべて並べ終え、「じゃあ始めよっか」というみかっちさんの一言で部屋の電気が消された。
暗くなった部屋の中で、真ん中のテーブルのあたりに水滴のような形の光が仄かに揺れている。
無意識に数えた。ひとつふたつみっつ……
あれ? 目を擦る。ゆらゆらとしている火の数が、何度数えてもおかしい。十六個しかないのだ。
coloさんは同じ大学の三回生で、その誕生日なのだから二十一個より少ないということはないはずだ。
よく見ると真ん中に一つだけ大きなローソクがあるから、もしかしてそれが十歳分とか五歳分なのかも知れないが、それでも数が合わない。五歳分だとしても十五足す五で、二十歳にしかならない。
六歳分? そんな半端な数にするだろうか。
考えていると、歌が始まってしまった。
以下、聞いたまま記す。

はっぴですでいつーゆう
はっぴですでいつーゆう
はっぴでーすでいでぃあcoloちゃん
はっぴでーすでいつーゆう
は? なんだそれ。「ハッピー・デス・デイ・トゥー・ユウ」だって?
俺は混乱する。誰かのクスクスという忍び笑いが聞こえる。
「け、消して。coloちゃん。ローソク。消して」
みかっちさんが吹き出しそうになるのをこらえながら言う。
「うん」という声がして、coloさんが真ん中の大きなローソクの火に息を吹きかける。フッと一つの火だけが消える。
わずかな静寂の後、「おめでとー」という声が重なってパチパチという拍手が響いた。そして電気がつけられる。
「デス・デイ、おめでとう。あと十五年!」
みかっちさんがそう言ったあと、お腹を抱えて笑い出した。
ケーキの上には火のついたままのローソクがまだ十五個残っている。
なにがなんだか分からない俺は、ずっと硬直していた。
説明を聞くところによると、どうやらこういうことらしい。
coloさんは異常にカンが鋭い女性で、それはほとんど未来予知と言っていいようなレベルに達しているのだが、本人いわく危険度の高い情報ほど基本的には早期に知ることが出来るのだそうだ。
野良猫を撫でようとして引っ掻かれる時には二日前に。カラスに頭を突っつかれるときには三日前に、という具合だ。
どうして彼女がカラスに頭を突っつかれなければならないのかよく分からないが、とにかくそういうことらしい。
そんな彼女にとって危険度マックスの情報とは、つまり自分の「死」である。
彼女はその日時をすでに知っているというのだ。
それがバース・デイならぬデス・デイであり、今日十六個目のローソクの火が消えたといことは余命があと十六年を切ったということなのだろう。
なぜそんな日を祝うのか理解に苦しむが、親しい友人たちを呼んでデス・デイ・パーティを開くというのが昔からの慣習になっているのだそうだ。
祝えねーよ。
六等分に切り分けられるケーキを見ながら、そう突っ込みたくて仕方がなかった。

デス・デイ・パーティという恐ろしげな名前とは裏腹に楽しく場は進み、coloさんの手料理やケーキで腹を満たしつつ、「わたしも寿命しりたーい」などというみかっちさんの不謹慎な発言に「本当に知りたいの」というcoloさんの静かな答えが返り、「あ、うそ」と黙り込んだりということもありながら、とうとう宴もたけなわというころになった。
「はい、じゃあこれからゲームをしましょう」
coloさんがそう言って手を叩いた。みんなが注目する。
「えーと。みんな、今日はわたしのデス・デイをお祝いしてくれてありがとう。そのお返しにスリリングなゲームを用意しました。とっても危ないゲームだけど、きっとみんなならクリアできるよ」
みかっちさん、京介さん、沢田さんという女性陣に、俺、山下さんという男性陣の合わせて五人がそれぞれ顔を見合わせる。
「これから問題を出すから良く聞いてね」
俺たちの目の前でcoloさんが白い紙を取り出し、マジックペンで数字を書き始めた。

X=1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+ ……
なんだろう。1の間にマイナスとプラスが交互に入っている単純な数式だ。
最後の点々はこれがずっと続くという意味か。
「この永遠に続く数式の解が実は三つあるの。その解Xを三つとも答えてね。ただし、一つでも間違えたらアウト。答えはみんなで相談して代表者が答えてね」
三つ? 三種類も解があるのか? 単純そうに見えて難しい問題なのかも知れない。
数式を覗き込みながらそう考えてると、coloさんがとんでもないことを付け加えた。
「もし答えられなかったら罰ゲームに、さっきみなさんが食べたケーキ。あれに下剤を入れちゃうよ」
はあ? 全員目を剥いた。意味が分からない。もう食べ終わったケーキに今から下剤を?
なんの冗談かと笑おうとした瞬間、以前体験した恐ろしい記憶が蘇ってきた。
種類の違うお札の入った箱を選べというゲームなのだが、coloさんが俺の選択をあらかじめ予知しているというのだ。
結局現在進行形の行為が、過去に遡って影響を与えるという事象の不可解さに怖じ気づいた俺は白旗をあげてしまった。
そのゲームと同じ構造だというのか。
もしこの問題を答えられなかったら、その結果を予知した過去のcoloさんがケーキにこっそり下剤を仕込むということか。
すでにケーキは食べ終わっているというのに!

味は? 変ではなかったか?
口に残ったケーキの余韻を確かめようとするが、やたらスパイシーだったチキンのおかげで完全に消えてしまっている。
「ちょっと、冗談でしょ。入れたの? 入れなかったの?」とみかっちさんが詰め寄る。
他のみんなも真剣な表情に変わった。
きっと多かれ少なかれ箱の時の俺と同じような経験をしているのだろう。
「答えたら面白くないじゃない。無理に喋らせようとしたら、失格ね」
ハッとしたようにみかっちさんが手を引く。
なんてこった。とんでもない事態だ。さっきまでの楽しいパーティはどこに行ってしまったのか。
当事者のcoloさんは無表情で、なにを考えているのか分からない。
「はい、じゃあ、紙とえんぴつを支給します。頑張ってね」
配られたものを眺めながら、五人は「やるしかないのか」という顔になっていた。
「恨むわよcoloちゃん」というみかっちさんの言葉に、「スリルがあった方が楽しいでしょう」という脳天気な答えが返る。
そしてゲームが始まった。

とりあえず、無限に続くという部分に惑わされてはいけない。
式を紙に書き出してからそう考える。単純化するのだ。
高校時代、数学の成績は酷かったが、ここは俺とみかっちさんの現役大学生コンビが頑張るしかない。
そう思ってみかっちさんを見ると、沢田さんと二人で「最後がプラス1で終わるのかマイナス1で終わるのか」という論争をしている。いや、終わらないから。
みかっちさんを見限った俺は一人でやるしかないと気合いを入れた。
山下さんも一応紙に向かっているが、あまり自信がなさそうだ。
京介さんは初めからやる気がなく、煙草を吸いにベランダに出ていってしまった。
とりあえず俺は式を括弧で括り、単純化することにした。そうすると一つめの答えはすぐに見つかった。
X=(1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ ……
X=0 + 0 + 0 + 0 + 0 + 0 + 0 + ……
ゼロを永遠に足し続けるわけだから、Xは0だ。まず一つ。

次は少し難しかった。あれこれいじってみて、ようやくそれらしい形になった。
X=1-(1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+ ……)
X=1-((1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ (1-1)+ ……))
永遠の数式の最後を括弧で閉じるのが少し気になったが、多分これが正解だ。大括弧の中が一つめと同じ形になったので、あとは簡単。

X=1-(0 + 0 + 0 + 0 + 0 + 0 + 0 + ……)
X=1-0
答えはX=1。これで二つめだ。
とんとんと二つめまで辿り着いたので案外簡単じゃないかと安堵したのだが、ここからが難問だった。
どういじっても、どう括弧で括っても一つめか二つめの形の亜種にしかならず、結局0か1かという答えになってしまうのだ。頭がこんがらがってきた俺は、これまでのパターンをみんなに見せて確認してもらった。
「おい、少年。すごいじゃん。さすが学生」とみかっちさんが褒めてくれたが、あなた俺と同じ大学でしょう。
それにやってみて思ったが、これは数学というよりパズルだ。
京介さんが戻ってきてから、俺は全員に同意を得て代表としてとりあえずここまでの答えをcoloさんに告げた。
「0と1ね。正解! あと一つ」
「なにかヒントはないですか」と頼んでみたが、「ない」と実につれない。
仕方がないので、全員で知恵を寄せ合い、いろいろ考えてみる。
しかし括弧での括り方なんてそれほど多くのパターンはなく、似たような形になるばかりで、どうあがいても0か1かになるのだった。

「発想の転換が必要」と宣言して、みかっちさんが書き出した式も結局なにも変わらなかったし、「他二つが0と1なんだから、その前後じゃないか」ということで、「2かマイナス1」という答えが直感派の間で主流になったりしたが、裏付けが取れないためGOサインが出ないのであった。
発想の転換が必要だ。その言葉を十回くらい聞いたが、なんの足しにもならなかった。
書いた紙が散乱し、下剤の恐怖と戦いながら、殺伐とした空気を吸って吐いて俺たちは考え続けた。
ふと顔を上げるとcoloさんが椅子に座ったまま退屈そうに足をぶらぶらしている。まずいな。そろそろ答えないと。
そんな停滞する場を打開し、答えを導き出したのは意外な人物だった。
手持ちぶさたのcoloさんが腕時計を覗き込んだ瞬間だ。
「わかった」
そんな言葉が部屋に響いた。全員の視線が集まる先にはみかっちさんがいた。
「うそ」と沢田さんが言ったが、みかっちさんは人差し指を左右に振って「あたし天才かも」と目を瞑る。
「いい? 発想の転換が必要だったのよ。答えから言うわね。意外や意外、三つめのXの正体はに……」
そこまで言い掛けたみかっちさんの口を誰かの手が塞いだ。
疾風のように動いた人物は京介さんだった。

「バカ。勝手に答えるな」
真剣な顔でみかっちさんの抵抗を力ずくで抑える。
そして矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「解けたぞ。ヒントは時計だ。沢田さん、coloの口を塞げ」
え? とみんな唖然とする中で、沢田さんが条件反射的にcoloさんの口を塞ぎにかかった。
「ちょっと、なに」抵抗するcoloさんの手を俺も一緒になって押さえつける。
京介さんの方はみかっちさんが大人しくなったところで手を離し、部屋にあったタオルを手に取ると押さえつけられているcoloさんの口を覆った。猿ぐつわだ。
「ふぁいふぅおぉ」
突然の暴挙にcoloさんが戸惑いながら訴える。

「これは予知してなかったか? 焦点になっている答えに関わる部分以外は捉えられていないようだな。
無理に喋らせようとしたら失格だと言ったが、喋らせないのはかまわないはずだ」
京介さんはゆったりした動きでcoloさんの前に両手を組んで立ちはだかった。
「おまえの予知が本物という前提で話す。いいか。問題は、解Xを三つ答えろという内容だ。一つでも間違えたらアウト。つまりさっきこのバカが答えてしまっていたら失格だったということだ。
そしてその結果を予知したおまえは過去のケーキを用意した時点で中に下剤を仕込む。
それでこれから私たちは地獄の苦しみという展開だ。
行為が終了しているにも関わらず下剤が入っていたかどうか、食べた後にも分からないのがこのゲームのミソなわけだが……」
京介さんはみんなで綺麗に平らげたケーキの空箱を指さす。
「ミスをしたな。おまえはこのゲームの制限時間を決めていない」
俺はその言葉にハッとした。そうだ。その通りだ。

「私たちはこれから、『最後の三つめをなかなか答えない』という行動に出る。
するとなにが起こるか。分かるな。下剤が効いてくるはずの時間を超過するんだ。
何ごともなくその時間が過ぎたら、下剤は入れられていなかったということ。
もし仮に腹が痛み出したら、下剤は入っていたということになるが、私たちはなにもミスをしていない。
間違えてもいない、制限時間もない、無理に喋らせようとしていない。
そして、腹が痛み出したら未来永劫、絶対に三つめを誰一人答えないことを宣言する。
にも関わらず下剤を入れていたとしたら、これはアンフェアだ。
入れられる理由なんてないのだから、論理によって成り立つゲームの根底を崩してしまう。ここまでは私の理屈だ。
だが、おまえは今、『それは確かにアンフェアだ』と思ってしまった」
京介さんの力強い言葉につられ、俺も、他のみんなも頷いてしまった。
coloさんは表情を引っ込めて反応もしなかった。
「口を塞がれ、これからルールを追加することも出来ないおまえは、結局下剤を入れられない。こちらの勝ちだ」
見事な勝ち名乗りだった。俺たちは感心して思わず手を叩いた。すごい。これこそが発想の転換だ。
coloさんの頭ががっくりと落ちた。観念したらしい。これからなにが起こるか理解できたようだ。
下剤が入っていなかったと俺たちが確信できるまで、拘束されるのだ。
筆記等によるルール追加もできないように、部屋にあった布類で縛り上げる。
その作業は女性陣が行ったのであるが、なんだかいけないものを見ているような気がしてドキドキする。
椅子に座ったまま身体の自由を奪われたcoloさんの目に涙が浮かんだのが見えた。
やばい。可哀想になってきた。自業自得なのに。
「で、下剤ってどのくらいで効くの」
みかっちさんの言葉に部屋の中がシーンとする。
たぶん、四、五時間というファジーなところで意見が落ち着き、念のために六、七時間くらい余裕をみることにし、なんだかんだで結局朝まで宴が開かれることになった。
パーティの主役であるcoloさんの目の前で、俺たちは語り合い笑い合いふざけあい、語り合った。
coloさんにメソメソと泣かれたらどうしようと思ったが、変な格好のままあっさりと本人は寝てしまい、俺たちは心おきなく時間をつぶすことができた。

後から考えると、とっとと解散するとか、「もうやめよう」と言ってcoloさんと休戦条約を締結するとか、下剤の箱やレシートがあるかどうか探すとか色々やり方があったような気もするし、どうしてcoloさんはこの展開を予知できなかったのかとか、京介さんの未来予知に関する考え方にも多少の疑問点もあったが、その時の俺たちはそういう細かいことを抜きにして楽しい時間を過ごすことに全力を尽くし、変な角度からの青春をとにかく謳歌していたのだった。
この混沌としたデス・デイ・パーティの顛末に付け加えることが一つ。
夜中の十二時を回ろうかというころ、電話が鳴った。携帯ではなく、coloさんの自宅の電話だ。
眠っているcoloさんをちらりと見てから、京介さんが受話器を取る。
「はい」
相手と二こと三こと会話を交わしてから受話器を置く。
そしてcoloさんのところへ行って、肩を叩いた。ゆっくりと彼女は目を開く。
「あの変態から電話。『おめでとう』。以上」
そして京介さんはまたみんなの輪に戻っていく。
俺はそのやりとりを見ていて、なんだか不思議な気持ちになった。
はっぴですでいつーゆうと言われても、まったく嬉しそうな様子を見せなかったcoloさんが、初めてニコッと笑ったのだ。
また目を瞑り、眠りにつこうとする彼女を見ながら、俺はふと今日はcoloさんの本当の誕生日だったのかも知れない、と思った。

「ちょっと、あたし、合ってたじゃない!」
腹を痛めることもなく無事に迎えた次の朝、coloさんの拘束を解いて解散となったとき、みかっちさんが叫んだ。
出題者であるcoloさんから三つめの答えの説明があったのだ。
X=1-(1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+ ……)
このとき、右項の括弧内は最初の式である、
X=1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+1-1+ …… の右項と等しくなるため、
X=1-X
2X=1
X=1/2
となるのだそうだ。ほんとかよ。
「にぶんのいちって、言おうとしたのに。あたし算数得意なんだから」
算数というあたりが信用できなかったが、そういうことにしてあげた。

★この話の怖さはどうでした?
  • 全然怖くない
  • まぁまぁ怖い
  • 怖い
  • 超絶怖い!
  • 怖くないが面白い