この時期(夏)になると、一生を通して思い出す話。
昨日も今日も、全国では川で亡くなった方々のニュースが流れる。
しかしながら、全員が川の流れに飲まれていったのだろうか。
もちろん川の流れの速さというのは、舐めてかかるととんでもない事になる。
だが、一日に7人以上が行方不明や重体、死亡にまで至るのは、本当に事故だけが原因なのか。
事故に遭われた方やその家族には大変申し訳ないが、俺はおかしいと思う。
理由は、姉が川で亡くなった出来事にある。
それも目の前で。
小学生だった姉と俺と友人たちは、BBQをする為に川原に来ていた。
大人たちは料理をしたり、組み立て式の椅子やテーブルを出したりと、忙しく動き回っていた。
その真横で姉が流されていき、そのまま帰らぬ人となった。
俺たちの目の前で、姉は連れていかれた・・・
正確には、『連れて逝かれた』のだ。
大人たちがBBQをする為に選んだ場所はキャンプ地などでは無く、車の乗り入れ禁止の場所だった。
立ち入り禁止区域でもあった。
この事は今でも両親の心に悔いを残し続けている。
毎年の夏の命日には花束を持ち、家族で川原の近くまで向かう。
いつも決まって、姉の好きだった片白草(半夏生)とオレンジジュースとチョコレートを、その川原の近くにある祠にお供えする為に向かうのだ。
その場所には今でも看板が建ってある。
『事故多数』の文字には、姉の事故も含まれている事になるので、ここに来る度に一生涯、悔いは残り続ける。
庭に咲く半夏生を好きだった姉が夏に生涯を閉じるという、皮肉にも似た文字の類似が俺は嫌いだ。
周りの葉の白くなっている様が、どことなく死んだ姉の白さを思い起こす。
あの忌々しい場所に近づきたくないのもあり、俺はあまり行く事に気が進まない。
しかし、命日には必ず家族揃ってそこへ向かうことになっている。
あれは小学生の夏。
姉は「何者」かに連れて逝かれた。
それは子供心に残った姉との死別から生まれた、
混乱やトラウマだとずっと思っていたのだが、決まって夢に出てくる最後の姉の姿には、何者かが覆い被さり連れて行くのだ。
それは、肌が灰色の人だった。
俺や友人たちと幾分も変わらぬ場所で遊んでいた姉だけが流されるという、不可思議な出来事の中に急に現れる。
手が届く範囲に居た姉が、一瞬で目の前から消えた。
一言も言葉を発する事もなく。
一瞬の場面が、夢では引き伸ばされたかのように長い。
俺が一瞬、目を親たちに向け、すぐに姉を見た瞬間、姉の真後ろで口を開けた灰色の人が姉の顔を鷲掴みにし、驚きの声を発する事を防ぐかのように、姉の口に髪を押入れて、一気に連れて逝くのだ。
その灰色の人は何故か、口の中だけ真っ赤に染色されたかの様に、夢の中では映った。
この夢は親には勿論、喋った事は無い。
言えるものでもない。
そして昨年。
命日の日に半夏生とオレンジジュースとチョコレートを持って川原に向かった。
何時の頃からかある祠には、俺たち家族以外にも同じ様な遺族がいるのか、ビールだったり、ジュースだったり、人形だったり、花だったりが置かれていた。
お供えを置き参拝をした後、
両親は一年間に何があったかを、そこに姉が居るかのように話かける。
そして何度も謝る。
俺はその日もこれまでと同じ様に、父と母の後ろで川原を見つめて待っていた。
ただ、その日は違った。
「いやあああ、いやああああ」
と泣き叫ぶ声が聞こえたかと思うと、川の真ん中に灰色の人が立っていた。
横を向いたソレは、
「いやあああ、いやああああ」
と口を開けて叫び、川下をずっと見ながら何者かに下から引っ張られ消えていった。
何が起きているのか理解できない俺の目の前に、さらに別の灰色の人が、川の底から這い出てくる。
そして同じ方向を向き、口を開けて叫び、引き摺(ず)られていった。
それは何人も出て来ては叫び、引き摺り込まれた。
何人目かの叫び声の後に川から出てきたソレは、他のとは違い、こちらを向いたまま這い上がってきた。
「いやああああああ、いやああああああああ」
と必死で叫びながら口を開けて、こちらをずっと見ている。
そして両親を見て、さらに大きな声で、
「いやああああああ、いやああああああああ」
と叫ぶ。
姉だ!
そう思った俺は「助けなきゃ!」と、泣きじゃくりながら走った。
なぜ姉と思ったのか、なぜ助けなきゃと思ったのかは今でもわからない。
泣きながら姉の下に近づく俺の前で、新しい灰色の人が浮かび上がり、姉を下へ引き摺り込もうとしていた。
「いやああああああ、いやああああああああ」
姉は必死に抗(あらが)おうと、体を振り回す。
もう少しで手が届くと思った瞬間、俺は両親から川原に引き摺り戻された。
「だずげてーよー。しぬのいやあああああ」
と聞こえた俺は、必死で抗った。
「何をしているの!」
という母の泣き声に掻き消される様に、目の前の灰色の人や姉は消えた。
母や父には見えていなかったらしく、散々説教をされた。
そして姉を救えなかったのは、俺のせいでは無いと諭された。
俺は泣きながら、目の前で起きた光景を両親に言いかけて、やっぱりやめた。
俺の両親は姉が死んでから、ずっと後悔の日々を送っている。
そんな両親に何と説明すればいいのか。
姉が苦しんでるとでも言うのか。
そんな事は言えない。
その場はごめんとだけしか言えなかった。
何があったの?
と両親が聞いて来なかったのは、俺がトラウマを持っていると思ったからだろう。
数日後、俺は一人でその場所に向かった。
ただ、どれだけ待っても、そこには何も現れなかった。
俺は灰色の姉が現れた場所に、近くの神社で買ってきた護符や、寺で買ってきた護摩を投げ入れた。
どうか姉が苦しんでいませんように、と。
それ以外に方法が分からなかった。
その日に姉が笑っている夢を見た。
夜中に飛び起きて泣きじゃくった。
<以下、あとがき>
どうしても川の事故は、本人の不注意だけの問題じゃないと思う。
事故の遺族であり、目の前で起きた事に対するトラウマから、この様な事を思うのかも知れない。
だけど、昔から日本には、川や沼に住む河童だったり幽霊だったりが怪談として語られるように、何か得体の知れない事やモノがいると思う。
来週が命日だから、雨が降ってなければ川原に参拝しに行く事になる。
あなたも川などに行く時には、十分に気をつけてほしい。
自然に含まれるのは、川の流れや風だけではなくて、別のモノも居るように気がする。
気をつけようが無いものかも知れないが、立ち入りを禁止しているような場所というのは、何か曰くがあるのではないかと思う。
最後に、川に住む妖怪で調べたところ、川男という妖怪が、色や姿形が俺の見たものと類似していた。
ただその妖怪は、悪さをするような奴じゃないらしい。
それに俺の見た姉も、灰色の人になっていたから違うと思う。
個人的な見解としては、親や俺の思念の具現化の様な気がしている。
残された俺や両親たちが、姉をその場に張り付けていたのではないか、と何となく思った。
今は成仏していると思うようにして、もう苦しんでいないことを本当に願う。