黒いマニキュアの女

黒いマニキュアの女 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

「俺」がこの相談に乗ったのは、ハタチの頃だったと思う。もう16年以上前の話になる。

事の発端は、そいつの親父が中古住宅を買ったこと。
事故物件でもない。立地も悪くない。不動産屋にも掘り出し物と紹介されたらしい。

俺とそいつは大して仲がいい訳でもない。前にやっていたバイト先の同僚。友達よりは遥かに知り合いに近い存在だ。
名前を出すと問題ありそうだから「A」としておこう。

Aから電話で連絡があったのは、普通なら迷惑甚だしい真夜中。
まあ起きてたからいいんだけど。普通ならスルーするところだ。
出てみると、半狂乱というか大パニック状態で話が掴めない。久しぶり、もクソもない。
何とか落ち着かせて話を聞いてみると

「幽霊が出た!」

唐突にも程がある。

言い忘れていたが、俺は幽霊が見える。霊能者ではない。
従って、お祓いの類いは一切できない。
それこそ昔は散々罵倒されたし酷い扱いも受けたが、まあそれは置いておこう。
この面倒な能力なのか霊感なのかのお陰で、自分自身色んな経験もしたし、今回のAのように要らない相談も受けてきた。
祓えない、と断ってもいいのだが、知り合ったのも何かの縁と思って、余程嫌なヤツでない限りはなるべく話は聞いている。

話を戻すが、Aが語った内容をまとめるとこういうことだ。
親父が中古で家を買い、引っ越して丁度1ヶ月。
そろそろ寝ようかと電気を消して、小音量で音楽をかけた。
ウトウトしかけた頃、誰かが外を歩く音が聞こえた。
Aの部屋は2階。窓の外は砂利引きの駐車場が広がっている。誰かが歩けば砂利を踏みしめる音がする。
時間は夜中だが、誰が歩いても不思議はない。特に気にしてもいなかった。
だが、次の音でAは目を開いた。

Aの家とその駐車場は、ありがちな網目のフェンスで仕切られている。そのフェンスを足音の主が登っているようなのだ。
ガシャガシャと鳴るフェンス。その先にはAの家しかない。泥棒か!?と思う。当然だ。
取り敢えず確認するため起き上がろうとしたが、体が言うことを聞かない。
恐らく金縛りだろうが、Aはその経験がないため自分に何が起きているか理解できていなかった。
そうこうしているうちに、小音量で流していた音楽にノイズが入り出し、たまに女の薄ら笑い声が聞こえ始めた。
更にパニックになるA。
すると突然、窓がバーン!!と音を立てた。
誰かが外から窓を両手で叩いているらしい。

数秒後、もう一度バーン!!と音がした。
それが3回ほど続くと、音はピタリと止まり、少しの静寂の後、カリカリカリカリと今度は何かを引っ掻くような音がし出した。
この間、Aはずっと金縛り状態。目は開くが首は動かない。見えない。でも、音で分かる。
窓を開けようとしている。そこで気を失い、気づいたら朝だった。

これが、3日前の話。
悪い夢を見たのだと思っていた。思いたかったと言う方が正しいかも知れない。
そして今日、また同じことがあった。
今度は気を失わず、汗だくで飛び起きた。
締めたカーテンをバッと開けると、細長い女が窓枠を掻きむしっていたらしい。
普通の人間を、左右どっちかからギュッと押して半分にしたくらいの細さで、爪に黒のマニキュア。
顔は見たけど思い出せない、これがAの見たモノだ。
Aは腰を抜かしかけて、ガクガクしながら部屋を飛び出して、階段を転げるように降りて居間で俺に電話をよこしていた。

必死に話すAの後ろで、女の笑い声が聞こえた。
ちょっとヤバそうだと思ったが、怖がらせるだけだと思い何も言わなかった。

仕事が休みの日曜日に、家に行く約束をさせられた。
仕方なくOKしたが、Aにも1つ親父さんか不動産屋に聞いてみてくれと頼みごとをした。

日曜日、当然気は乗らないが約束なのでAの家に行った。
事が起きたのは木曜日。その前は月曜日。3日置きなら今日は当たり。
理由は分からないが、3日置きというのが俺の最初のインスピレーションだった。
理由は後で分かるのだが。
俺が来れる日にぶつかるのは出来すぎな気もするが、たまにこういうことがある。

ハタチにもなって夕飯をご馳走になるのは気が引けたから、Aと外で飯を食った。
俺の頼みごとは、しっかり調べてくれていた。
「前に住んでいた家族はどんな人達で、どうして家を売ったのか?」これが俺の聞きたかったこと。
Aの家族に問題がなく、家や土地にも問題がないのなら、残るのは前に住んでいた人間だ。

前に住んでいたのは若い夫婦。子供が1人。家を売った理由は離婚。
奥さんはノイローゼ気味だったらしい。その理由までは分からない。

夜も更けた。ファミレスを出てAの家に向かう。
家に入った瞬間、昼間と雰囲気が違うことがすぐに分かった。
Aの部屋に入ると尚更強くなった。
時間は深夜2時。外を確認しようとした時、砂利を踏む音が聞こえた。
Aの顔が強ばり、顔色が悪くなる。
金縛りにはなっていない。起きているからなのか。

「見る?」
カーテンに手をかけてAに言ってみた。絶対見ないと言う。
無理に見せるのは可哀想だと思ってカーテンから首だけ出して外を覗いてみた。

ホントにそのままだった。
細長い女がユラユラしながら歩いてくる。
正確に言うと、細長いのではなくて潰れて半分無い。
多分高いとこから飛び降りたんだと思う。
女がフェンスに手をかける。と同時に声が聞こえる。

「ウフフフ、サトシサン、ウフフフ」

サトシさん、前の住人だろう。
ビジョンが見えてきた。これが奥さんがノイローゼになった理由だな、と思った。
サトシさん、と言っておきながらこの女の憎悪と言うか怨念は奥さんに向いているように感じた。
恐らく奥さんは、Aと同じように3日置きにこれを経験してノイローゼになったのだろう。
そう考えているうちに、目の前の窓が突然バーン!!と鳴った。
流石にビックリしてのけ反った。
目の前に、顔がぐちゃぐちゃになって体が半分無い女がいた。
少し離れて、また凄い勢いで窓にぶつかる。
しばらくするとユラユラゆっくり窓に近づき、片手しかない腕で、黒く塗られた爪で窓を開けようと引っ掻いている。

「ミッカメヨ、サトシサン、ウフフフ」

俺がいると、一緒にいる人が霊感がなくても見えたり聞こえたりすることがある。
Aも普段は霊感とは無縁の人間らしいし、実際にこんな霊的なモノに接するのは初めてらしい。
見たくない、と言うのでカーテンでガードしておいたから見てはいないのだが、声は完璧にハッキリと聞こえたようだ。

「何だよ、ミッカメヨ、サトシさんって!」
Aがビビりまくって言った。俺はしばらくの間その女を見ていた。
俺のことは、というかAのこともその女には見えていない。
見えているのは、この部屋に居るはずの「奥さん」だけなんだと思った。

女はやがて消えていった。
でも3日後にはまた同じ事をする。永遠にその繰り返し。

ここからは俺の見解だが、多分前の住人の旦那さんサトシさんは浮気していた。それが、3日に1度。
バレたからなのか、何かの理由で止めようとしたのかは分からないが、別れ話の末に結果として浮気相手の女は飛び降り自殺してしまった。
死んだ女の念は当然奥さんに向かい、旦那の名前を出すことで自分の存在をアピールしていた、ということだろう。
家族は崩壊し、奥さんがいた部屋には既に違う人間が住んでいるが、それを女が知る由もない。

ちゃんとした霊能者に頼んで祓ってもらえば多分大丈夫だし、別に放っておいても気にしなければ害はそんなに無い、と思う。
Aにはそう言っておいた。

結局、Aは3日目に当たる日を友達の家で過ごし、金を貯めて家を出た。
親御さんにはこのことは言っていないそうだ。
まあAの部屋ということで、帰ってきた時のためにそのままにしてあるらしいから、そこで寝ることもないのだろう。

あれから16年以上経つが、あの女はまだあそこに現れるのだろうか?
少し可哀想な気もするが、気にしても仕方の無い話だ。

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