師匠シリーズ 第19話 麻雀

師匠シリーズ 第19話 麻雀

師匠は麻雀が弱い。
もちろん麻雀の師匠ではない。
霊感が異常に強い大学の先輩で、オカルト好きの俺は彼と、傍から見ると気色悪いであろう師弟関係を結んでいた。
その師匠であるが、2、3回手合わせしただけでもその実力の程は知れた。
俺は高校時代から友人連中とバカみたいに打ってたので、大学デビュー組とは一味違う新入生としてサークルの先輩たちからウザがられていた。
師匠に勝てる部分があったことが嬉しくて、よく麻雀に誘ったが、あまり乗ってきてくれなかった。
弱味を見せたくないらしい。

1回生の夏ごろ、サークルBOXで師匠と同じ院生の先輩とふたりになった。
なんとなく師匠の話しになって、俺が師匠の麻雀の弱さの話をすると、先輩は「麻雀は詳しくないんだけど」と前置きして、意外なことを話し始めた。
なんでも、その昔師匠が大学に入ったばかりのころ、健康的な男子学生のご多聞に漏れず麻雀に手を出したのであるが、サークル麻雀のデビュー戦で役満(麻雀で最高得点の役)をあがってしまったのだそうだ。
それからもたびたび師匠は役満をあがり、麻雀仲間をビビらせたという。
「ぼくはそういう話を聞くだけだったから、へーと思ってたけど、そうか。弱かったのかアイツは」

いますよ、役満ばかり狙ってる人。
役満をあがることは人より多くても、たいてい弱いんですよ。
俺がそんなことを言うと、
「なんでも、出したら死ぬ役満を出しまくってたらしいよ」
と先輩は言った。
「え?」
頭に九連宝燈という役が浮かぶ。
一つの色で1112345678999みたいな形を作ってあがる、麻雀で最高に美しいと言われる役だ。
それは作る難しさもさることながら、「出したら死ぬ」という麻雀打ちに伝わる伝説がある、曰く付きの役満だ。

もちろん僕も出したことはおろか、拝んだこともない。
ちょっと、ゾクッとした。
「麻雀牌をなんどか燃やしたりもしたらしい」
確かに九連宝燈を出した牌は燃やして、もう使ってはいけないとも言われる。
俺は得体の知れない師匠の側面を覗いた気がして、怯んだが、同時にピーンと来るものもあった。
役満をあがることは人より多くても、たいてい弱い・・・
さっきの自分のセリフだ。
つまり、師匠はデビュー戦でたまたまあがってしまった九連宝燈に味をしめて、それからもひたすら九連宝燈を狙い続けたのだ。
めったにあがれる役ではないから、普段は負け続け。
しかし極々まれに成功してしまい、そのたび牌が燃やされる羽目になるわけだ。
俺はその推理を先輩に話した。
「出したら死ぬなんて、あの人の好きそうな話でしょ」

しかし、俺の話を聞いていた先輩は首をかしげた。
「でもなあ・・・チューレンポウトウなんていう名前だったかなあ、その役満」
そして、うーんと唸る。
「なんかこう、一撃必殺みたいなノリの、天誅みたいな」
そこまで言って、先輩は手の平を打った。
「思い出した。テンホーだ」
天和。
俺は固まった。
言われてみればたしかに天和にも、出せば死ぬという言い伝えがある。
しかし、狙えば近づくことが出来る九連宝燈とは違い、天和は最初の牌が配られた時点であがっている、という完璧に偶然に支配される役満だ。
狙わなくても毎回等しくチャンスがあるにも関わらず、出せば死ぬと言われるほどの役だ。
その困難さは九連宝燈にも勝る。
その天和を出しまくっていた・・・
俺は師匠の底知れなさを垣間見た気がして、背筋が震えた。
「出したら死ぬなんて、あいつが好きそうな話だな」
先輩は無邪気に笑うが、俺は笑えなかった。

それから一度も師匠とは麻雀を打たなかった。

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