これは去年の夏の話。
男友達の企画で、合コンをやる事になった。
当時の俺達は30手前の男3人。
集まった女性も20代後半で、皆落ち着いた感じ。
「初めまして~」
などと一通りの挨拶をしながら、近くの居酒屋へ入る。
会話もそこそこに盛り上がり、というか、かなり当たりの合コンだったと思う。
夜10時を過ぎた頃、友達の家で全員で飲み直そう、という話になる。
俺はというと、その中の一人を結構気に入っていた。
エスニック風なロングヘアーの、いい雰囲気を持った子だった。
なのでもう少し話したいのもあり、友人宅への移動に大いに喜んだ。
材料等を買い集め、支度が整ったのが11時前。
二次会が始まった。
友人宅は1LDKという広さ。
多少であれば夜中でも話していて迷惑にならない立地だったので、飲み屋でのテンションを維持しつつ、時刻が1時にさしかかろうという頃だった。
友人(家主ではない)が、
「丑三つ時(午前2時~2時30分頃)まで、百物語風で怖い話を話さない?」
と言い出した。
夏の定番と言えば怖い話。
気後れしながらも、全員でやる事になった。
ロウソクなんて何で買ったのか疑問だったが、つまりはこういう事だったのか。
と、一人で納得していた。
俺は、怖い話というのは9割が作り話だと思っている。
残りの1割は、どうにも説明がつかないが、実は別に心霊現象ではなく、雰囲気に呑まれ、心霊現象だと勘違いしてしまう例。
だが、その中でも多分だけど、本当に説明のつかない事例があると思う。
一つ、また一つと話す友人達。
女性達の話は、まさしく前者の話だったと思う。
そうして俺の番が回ってきた。
俺には小学生の低学年の頃、とても仲の良い二人の友人がいた。
一人を「ヤッちゃん」
一人を「ヨシ君」と言い、ヤッちゃんは同い年で、ヨシ君は2歳年上だった。
家も近所で、毎日のようにヨシ君の家で遊んだ。
ヨシ君の家の人は仕事で出ている事が多く、毎回お菓子を貰って帰っては、親に怒られた。
だけど当時の3人は本当に仲良しで、外に出れば子供特有の感覚で、新しい遊びを探し出した。
千葉県市川市の某所には、寂れた神社がある。
その神社を中心にして、500メートルほどの直線の出入り口があり、ヨシ君の家から遠い出口付近に、廃屋となった建物があった。
当時の少年達の間では、その家の話は禁忌(タブー)とされていて、
「近づくと呪われる」
「白い服を着た女の霊が出る」
などと、今思うとバカらしい噂が立っていた。
でも実際そこに足を踏み入れたツワモノも数多く、勇気を示す場としても、有名な場所だった。
誰が言い出したか覚えていないが、いつのまにか俺達は、
「その廃屋へ行って、勇気を示さなければならない」
という話になっていた。
もちろん3人の間だけでの話だ。
そして某日、そこに俺達は足を運んだ。
なんとも言えない恐怖と、子供特有の高揚があったと思う。
とにかくドキドキしていた。
その廃屋は、周囲が全て雑草で覆われていて、整理されていればかなりの広さの庭があったのではないかと思う。
そして、その庭の周りは、大きな木で囲われていた。
誰から入ったかは覚えていない。
何しろドアが付いていなかった。
覚えているのは、ヤッちゃんがやたらと怖がって泣いていたのと、異常に古そうな新聞紙が散乱しているひと部屋があった事。
そしてヨシ君が蒼白な顔で、
「もう帰ろう」と言い出した事。
ヨシ君は年長者だったので、3人のリーダーだった。
そうして初めての探検は終わり、泣き止まぬヤッちゃんの手を引いて、俺達は家へと帰った。
泣きじゃくっていたヤッちゃんを、俺達は「弱虫~」というレッテルを貼って、帰り道でからかった。
だからだと思う。
ヤッちゃんはもう一度あの廃屋へ行きたいと言い出したのだ。
俺はその日に限って従兄弟が家に来ていて、参加する事が出来なかった。
怖かったのもあったので、参加出来ない事を喜んでいたと思う。
事件が起きたのは、その日だった。
その廃屋で、ヤッちゃんの母親が自殺した。
首吊り自殺だった。
目撃したのは、ヤッちゃんとヨシ君の二人。
俺が参加していれば、3人になっていただろう。
どうやって対応したのかは分からないが、警察やらが集まり、結構な大騒ぎになった。
その話を聞いたのは、翌々日くらいだったと思う。
その廃屋と俺の家が少し離れていたのもあってか、パトカーのサイレンが鳴り響いていた記憶が無い。
夏休みという事もあり、噂話が届かなかった。
それ以来、当然というか、ヤッちゃんと顔を合わせなくなった。
俺はヨシ君と二人で遊んでいたが、だんだん気まずくなり、少しずつ遊ぶ回数が減っていた。
夏休みも終わり学校が始まったが、ヤッちゃんは登校して来なかった。
その頃にはもう噂は広まりきっていて、ヤッちゃんが登校しない理由は、暗黙の了解で誰も触れる事をしないようになっていた。
俺は毎朝ヨシ君とヤッちゃんと3人で登校していたので、2学期からはヨシ君と二人で登校する事になった。
取り除けないシコリを持ちながらも、俺達は精一杯楽しくなるよう、登校していたと思う。
だが、ある日突然、ヨシ君が変わった。
登校の待ち合わせ場所に行くと、下を向いて俺を待つヨシ君。
「おはよう」
と言っても返事は無く、
「どうしたの?」
と言っても返事は無い。
だが、以前と同じように登校する。
変わったのは、口数が異常に減った事。
先の事件が関係しているのではないか。
と思うのは、子供でも間違いなく感づく。
俺はしつこく彼に詰め寄った。
何があったのか。
ヤッちゃんが関係しているのか。
あの廃屋が関係しているのか。
しまいには、話してくれないなら絶交する。
などと、なんとも惨(むご)い事も言った。
するとしばらくして、彼がぽつりぽつりと話し始めた。
ここから先は、俺にも真実のほどは分からない。
だが、ヨシ君がこう語った。
先日、彼はヤッちゃんの姉と同行した。
姉はヨシ君と同い年で、彼女からの願いで『あの廃屋』へ連れて行ったのだという。
だが、彼女は少し知恵遅れ的な様子で、事の重大さを分かっていなかったのではないかと思うが、とにかく二人で廃屋へ行ったのだという。
そして扉の無い玄関をくぐると、ヤッちゃんがいたらしい。
天井を見上げたまま、
「アアアアアアアアアアアア」
と気の抜けた声を出し、その視線の先には、ヤッちゃんの母親がいたという。
当然、すでに現場にヤッちゃんの母親の遺体があるわけもなく、
今起きている状況の異常さに、ヨシ君は逃げ出そうとした。
だが、後ろにいたヤッちゃんの姉がヨシ君の手を引っ張り、
「誰にも言っちゃ駄目だよ」
と言ったらしい。
誰にも言ってはいけない話を、俺にしてしまった。
俺が絶交するなどと言ったばかりに。
そして全てを話したヨシ君は泣きじゃくって、
「どうしよう・・・どうしよう・・・」
と喚いた。
俺はどうする事も出来ず、酷い事をしたと思うが、家へと逃げ帰った。
登校拒否児となってしまったヤッちゃんは、どこかへ転校してしまい、それ以来、会っていない。
そうしてヨシ君とヤッちゃんとの関係は、一気に疎遠になってしまった。
それから数年が経ち、俺が高校生になってしばらくした頃だった。
久しぶりに、ヨシ君から電話があったのだ。
小学校低学年の時から数えて、もう何年も話していないので、
何を話していいか分からない相手だ。
久しぶりと挨拶して以降、会話が続かない。
そうこうしていると、ヨシ君が切り出した。
「このあいださ、マリちゃんから電話があったんだ」
俺は何のことか全く分からなかったが、記憶を総動員し、マリちゃんがヤッちゃんの姉だという事をなんとか思い出した。
そしてヨシ君は続ける。
「前に話した空き家の事を覚えてる?
マリちゃんが○○ちゃん(俺)にあの事を話したのを怒ってるんだ・・・」
という。
つまり、彼女は何故か、ヨシ君が俺に廃屋で体験した話をした事を知っていて、誰にも言っちゃ駄目だと言ったのに、話したのを怒っているという。
「どうしたらいいかな?
マリちゃんが怒っているんだ。
俺、マリちゃんに言わないでって言われたのに。
どうしたらいいかな?」
何度も何度も、壊れたテープレコーダーのように繰り返すヨシ君。
俺は怖くなって電話を切った。
そして二度とヨシ君からは、電話が掛かってくる事は無かった。
何故かと言えば・・・
その後しばらくして、ヨシ君は猟銃で頭を撃って自殺したからだ。
なぜ猟銃を所持していたのかは分からないが、うちの親の話によると、ヨシ君の親が趣味で猟をしていて、それでその猟銃を使ったのだと言う。
そうして、俺の中での○○神社廃屋事件は幕を閉じた。
話し終えてロウソクの火を消すと、深夜2時をまわっていた。
そう、ちょうど丑三つ時。
みんなの話が一周したので、友人が新しい怖い話を始めた。
そうやって十話ほどの怖い話を終え、百物語風の怪談肝試しは終わり、最後のロウソクが消された。
だからと言って、漆黒の部屋で何かが起きたわけでもなく、男女3人ずつの部屋で、エロスな出来事が起きたわけでもない。
全員が節度を守り、理性を保って、明け方まで眠い目を擦って起き続け、俺はお目当ての女の子をどうにか送るという状況にこぎつけた。
二人でタクシーに乗り、彼女の家の近くまで到着し、タクシーを降りる。
すると彼女が、
「少し話したい事があるから」
と言い出した。
俺は大きな期待で胸が跳ねたが、彼女の話したい事は、俺が意図する事とは全く別だった。
しばらく押し黙ったままでいた彼女は、
「さっきの怖い話の事だけど・・・」
と切り出した。
俺は、怖い話の事などすっかり忘れていたので、拍子抜けして、
「ああ、それがどうしたの?」
などと聞き返した。
すると彼女は、
「あの話、嘘でしょ?」
と言ってきた。
実は・・・さっきまで語ってきた話は、9割が作り話だ。
ヤッちゃんの両親は健在だし、お姉さんはちょっと変だけど元気だ。
廃屋があったのは本当だが、そこで何かが起きたわけじゃない。
新聞紙の散乱する部屋はあったが、結局は何も起きず、現在は取り壊されて、ただの空き家になっている。
だが、一つだけ本当の事がある。
それは、ヨシ君が猟銃で自殺したという事だ。
そして問題なのは、なぜ彼女はその話が嘘だと見抜いたのか、という事だ。
俺は動揺しながらも、
「なんで分かったの?俺、嘘つくの下手だからかなぁ?」
などと笑うと、
彼女は真面目な顔で、
「あの話・・・二度としない方がいいよ」
と言う。
何か、気迫のようなものに押されたのかも知れない。
俺が何も言えずにいると、彼女は続ける。
「○○君(俺)が話している間ずっと、○○君の後ろで『嘘つき・・嘘つき・・』
って言っている人がいたの。
気づかなかった?
ちょっと太めで天然パーマの子。
あれがヨシ君でしょ?
彼、怒ってたから、もう二度と話さない方がいいよ」
俺は恐怖しながらも彼女の裏を取ろうと、ヨシ君の特徴を聞いてみる。
が、彼女の話す特徴は、ヨシ君の特徴とピタリと合う。
メガネで、太めで、天パーで、鼻の横に大きなホクロ。
垂れ下がった目。
まだあったと思うが、ヨシ君を直接知っていたという可能性を除けば、彼女の言う事が本当だとなる。
もう春だから、そろそろ1年になる。
それまで誰にもこの話は話さなかったのだが・・・
ヨシ君は怒っているだろうか?
俺の身に何か起きるのだろうか?
今は仕事も何もかもが上手くいかず、自暴自棄になっている。
何か起きたなら、それはそれで、もうどうでもいい。
もし死ぬのだったら、ありえない現象を見てから死にたい。
もう、どうでもいい。
そして最後に、これは本当の話です。