病室の友達

病室の友達 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

僕が子供の頃に病院に入院していた時に出会った、不思議な友人の話をしますね。

あ、“僕”って一人称だけど、女です。
漫画やアニメとか好きなんで、いるじゃないですか、一人称が僕とか俺とかの女の子のキャラって。
そういう格好いい女の人や男の人に憧れて、ネットの掲示板で「僕」って一人称で話してます。変人ですみません。
それに、元々、兄弟が多かったのと、男友達が多かったので、一人称が僕にすっかり馴染んでしまったんですよ。
なんか、私じゃ違和感があって。

では、僕が体験した怖い話を語りますね。

小学校高学年の頃でした。

僕はお兄ちゃん子なせいか、夏休みになると、頻繁に山に虫取りに行っていました。
朝に木にカブトムシとかが集まっているんですよ。
そんな秘密の場所を二人の兄が教えてくれました。

ある日、いつものように、兄達と山で遊んでいた時に、崖と隣接している坂道を転げ落ちてしまったんですね。
それで思いっ切り、足をねじってしまって、立てなくなったんです。
兄達に担がれて、やっとの事で病院に行くと、案の定、骨折していて、全治二ヶ月は掛かると言われました。
一週間くらいは入院が必要だろうと。

それで、僕は入院する事になったんです。

そういった経緯で、病院に入院する事になったのですが、同じ病室に僕と同い年くらいの女の子がいて、仲良くなりました。
仮に名前をアンナちゃんとします。

話してみると、話が弾んで、学校で女の子の友達が出来ないというのが共通でした。
ただ、僕には沢山の男友達がいて、それ程、学校生活で不自由していなかったのですが、アンナちゃんの方は、学校で誰も友達が出来なくて孤立していると言っていました。

何で入院しているの? と、訊ねたのですが、最後まで答えてくれませんでした。
ただ、僕と違って、怪我ではなくて、中々、治らない病気だと言っていました。
アンナちゃんとは、色々な話をしました。
好きなTV番組の事、好きなアニメのキャラクター。読んでいる漫画の事。
僕は少女漫画はあまり読まなくて、男の子達が戦ったりする少年漫画をよく読んでいたのですが、アンナちゃんはかなり少女漫画に詳しくて、僕はアンナちゃんから少女漫画を借りて病室で時間を潰していました。
ちなみにアンナちゃん、という名前も、彼女が好きな漫画のヒロインの名前から拝借して、アンナちゃん、と呼ぶ事にしたのです。

アンナちゃんは不思議な体質で、眩しい日の光を嫌っていました。
いつも、看護婦さんが毎朝、窓を開けて日の光を入れてくるのだけど、僕が入院して二日目の朝に彼女は日の光に異様に怯えていた事を覚えています。
何でも、皮膚が弱くて、日の光を浴びると皮膚が爛れたりするらしいのです。
また、アンナちゃんは、夜になると、凄く元気になって、消灯時間を過ぎてからも、僕とアンナちゃんは熱心に色々な事を話したりしていました。

華奢な自分の手首を噛んだりする癖があったんだけど、僕自身、変な癖みたいなのは幾つか持っていたから気になりませんでした。
ただ、彼女と出会って、四日目の夜に、彼女が何処から持ってきたのか分かりませんが、血液パックを清涼飲料水のようにチュウチュウと飲んでいたのを見て、さすがに僕も驚きました。

「アンナちゃん、それ美味しいの……?」
「うん。……私、血を飲まないといけない体質みたい。だって、私は吸血鬼だから……」
そう言って、彼女は僕にカミングアウトしてくれました。

僕はそのカミングアウトに対して、怖いという感情よりも、何だか嬉しい気分になりました。
二人で大人を含めた周りの人間には言えない秘密を共有している、といった気分になったからです。

「ねえ。ナオ、誰にも言わないでね?」
「うん。僕は言わないよ。絶対に他の誰にも言わない。二人だけの秘密」
ナオというのは僕のあだ名でした。アンナちゃんから借りた少女漫画のボーイッシュな女の子の名前です。
お互いに本名で呼び合う事は無かったけど、だからこそ、二人だけの世界みたいなのを共有する事が出来たのだと思います。

五日目の夜に、アンナちゃんは屋上に誘ってくれました。

「私、吸血鬼の両親の下に生まれて、人間世界では生きられないの。
大人になるにつれて、もっと日の光が苦手になって、ついには日の光を浴びるだけで灰になるような体質になるの。
明後日頃には、ナオ、退院だよね? そう言えば、もう夏休みは終わっていて、学校は始まっているんだよね?」
「うん。でも、僕も学校で浮いているし、男友達しかいない。同性の友達はアンナが初めてかもしれないよ。
そうだ、吸血鬼は首から血を吸って、仲間を増やすんだよね? アンナ、僕を君と同じような吸血鬼にしてよ」
そう言われて、アンナちゃんは首を横に振りました。

「駄目。ナオは連れていけないよ。吸血鬼の世界は、とっても厳しいの。食べるものだって手に入らないかもしれない。
今だと吸血鬼が血を吸うと、大騒ぎになるから、すぐに吸血鬼を殺す妖怪ハンターに殺されちゃうの…………、とても厳しい世界だよ」
そんな漫画のような話を、アンナちゃんは、真剣に口にしていました。

結局、僕は一週間の処、大事を取って、九日間も病院に入院していました。
そして、杖を渡されて、骨折の足で小学校を行き来する事になりました。

アンナちゃんは、まだ病院にいます。
面会に行くと約束して、僕はすぐに退院してしまったのです。
そう言えば、アンナちゃんは、どんな病気で入院しているのか決して口にしませんでした。
あの後、僕はアンナちゃんの病室に面会に行きました。
すると、アンナちゃんは、病院から抜け出して、私の家に遊びに来ない? と、言ったのです。

そして、アンナちゃんは隠れて、病院を抜け出して、僕に家まで案内してくれました。
場所は、病院から六駅程、離れた場所で、住宅街のマンションの一室でした。

アンナちゃんは、合鍵を使って、僕を家の中に入れてくれました。
入ってみると、何処となく異様な家でした。
まず、とても冷たい感じがしました。何となく、不気味と言うか……。何か、得体の知れないものを感じました。
アンナちゃんは笑っていました。アンナちゃん自身は怖くなかったけど、僕はこの家が異様に怖かったのです。

キッチンの辺りから異臭が漂っていて、思わず鼻を押さえて息を止めました。
どうやら、ゴミ袋が大量に積まれているみたいでした。
吸血鬼はどんな食事をするのだろう。やっぱり、冷蔵庫に輸血パックが沢山、入っているのかな?
もしかすると、死んだ人間の死体がバラバラになって冷蔵庫の中に入っていたりしてと、考えながら、アンナちゃんの眼を盗んで、僕はこっそり冷蔵庫の中を開けました。
中には、腐った牛肉や野菜、牛乳などが入っていて、僕は即座に冷蔵庫の中を閉めました。
家の所々に、ゴキブリやネズミが這い回っていました。
不潔を絵に描いたような場所です。

布団は汚らしく、何だか酸っぱい臭いがしました。

ゴミが多いせいなのか、散らかっているせいなのか、窮屈なマンションの部屋でした。
此処がアンナちゃんの家だというのには違和感を覚えました。
僕は、彼女はもっと綺麗な、たとえば西洋風のお城なんかに住んでいるのだと勝手に想像していましたから。

「アンナちゃんの、お父さんと、お母さん、どうしているの?」
「うふふっ。吸血鬼、だよ」

アンナちゃんは窓際に蹲り、何故か畳の床の上に転がっていた錆びた果物ナイフを手にしました。
そして、おもむろに果物ナイフで自分の手首を切り始めた。
彼女の腕から鮮血が滴り落ちました。
彼女はそれを自分の口元に持っていき、舐めていったのです。

「私の両親は、吸血鬼……。私も、吸血鬼、吸血鬼の子…………」
彼女はまるで壊れた機械のように笑っていました。

ふと、僕は大きめの段ボールが眼に付きました。
何気なく、それに眼をやって中を見てみました。
すると、一体、何に使うのか分からない、変な道具が入っていました。
警察官の持っているような手錠に、縄。それから、なんだかよく分からない革製の道具。プラスチック製らしい、よく分からないもの。
他にも、何故か病院で使うような注射器が入っていました。

「これ何?」
僕は自分自身の手首から血を吸っているアンナちゃんに向かって、訊ねました。

「それ…………、お母さんが、連れてくる男の人達相手に使っているの。
それで生活を支えないといけないんだって…………」
アンナちゃんは、とても悲しそうな顔をしました。

「男の人? お父さんじゃないの?」
「いつも知らない人。でも、何名かの人に、私、お化けの子だって言われて、殴られたり、それから変な事された」
アンナちゃんは、とても哀しそうな顔をしていました。
そして、強く生きる事に失望しているかのような声でした。

「そろそろ、病院に戻らない?」
彼女はそう述べました。
僕は頷きました。

それから後も、僕はたびたびアンナちゃんの面会に行っていたのですが、次第に、学校の男友達と一緒に遊ぶ事が多くなりました。
また、運動会に向けての練習の一環で、活発な女の子の友達も何名か増えていきました。
そして、僕は次第にアンナちゃんのいる病室に面会に行かなくなったのです。

一度だけ、男友達と女友達に、入院していた時に仲良くなったアンナちゃんの事を話すと、血を吸うなんて気持ち悪い、関わらない方がいいよ、関わっているお前、おかしいよ、と言われて、僕はそうなんだろうか、と悩みながら、次第にアンナちゃんと心の溝が出来始めていきました。
……今、思い出しても、僕はあの時、本当にアンナちゃんの事を裏切ったのだと思います……。

それから、数年が経過して、高校生の頃に仲良くなった成績の良い文学少女風の女友達に小学校の頃に仲良くなったアンナちゃんの事を話してみました。

すると。
「その子、両親から何らかの虐待を受けていたんじゃないの?
それから、その子の母親、家を売春場に使っていたんじゃないの?
最近、本屋さんで買ったルポルタージュ系の本に、子供を愛せない親、みたいな本があって、読んでみたら、そんな感じの状況の事が書かれていたんだけど……」
その女友達は、そういった少し世の中の闇みたいなものが書かれている本を読むのが好きでした。
漫画やライトノベルばかり読んでいる僕とは大違いだったのです。
……そして、彼女の言葉は、僕の心に言葉に出来ない…………、とてつもない罪悪感を与えた……。
僕は、アンナちゃんを、見捨てたのだろうか…………。
そんな想いに苦しみました。

更に、年月が過ぎて、大学生になったのが今。

僕のもとに、アンナちゃんから手紙が送られてきます。
住所は記載されていませんが、手紙の内容は、あのアンナちゃんからでした。
あれから、人間世界においての両親とは完全に縁を切って、本当の両親である吸血鬼の両親と共に世界中を旅しているのだと書かれていました。
両親の故郷であるヨーロッパにこの前、行ってきたとも。

でも、最近、ある事が起こります。
夜中になると、三時頃、僕の勉強机にアンナちゃんが座っています。
年齢を重ねて、僕と同い年くらいです。
改めてみると、肌の白い、とても美しい美少女です。

ただ、彼女は寂しそうな顔で、ベッドの上で寝ている僕の顔を見つめてくるのです。

アンナちゃんの首筋を見ると、赤黒い縄で締めたような痕がくっきりと付いています。
彼女は必死で何かを訴えようとしているのですが、僕には上手く聞き取れません。
彼女の白い肌には、煙草を押し付けられた痕なども見えます。
殴られて作られた痣なども……。
そして、あの家の臭いが漂ってきます、強烈な生ゴミの臭いがして、虫が湧き、這い回る音が僕の部屋の中で響き渡るのです。

あの日、僕はアンナちゃんを見捨てたのだろうと思うと、酷い罪悪感に駆られる事が多いのです。
小学生の僕は無力でした。
今なら何かしてあげられるような気がしますが、たまに送られてくるアンナちゃんからの手紙の内容は、僕の最近の安否を気遣うものばかりです。
住所が書かれていないので、手紙を彼女に送りたくても送れません……。

僕は一体、アンナちゃんに対して、どうすればよかったのか分かりません。
僕はきっと、彼女の事が好きなのだと思います。
可愛くて、あの無垢な笑顔は、男勝りな僕には彼女のあの薄幸な存在が眩し過ぎたのでしょう。
僕は同性愛者ではないのですが、彼女の事を想うと、胸が苦しくなります。
でも、最近、夢枕に立つアンナちゃんは寂しげに、そして何処か憎々しげに僕を見下ろしているのです。
こんな僕は罪人なのでしょうか。
小学生の女児に一体、何が出来たのでしょうか。
僕は今でも、どうすればよかったのか分かりません……。

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