ロベルト

ロベルト 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

これは俺が3年前の夏にイタリアのローマで体験した話です。
俺は大学でイタリア文学を専攻していて、大学4年の時に休学し半年間ローマに留学していた。

その時にローマの郊外にある、エウルという穴の開いたチーズのようなビルを一人でブラブラ見に行ったんだ。
直射日光が凄くてめちゃめちゃ暑い日だったのだけど、ビルが建っている所が高台になっていて、街が見渡せて涼しい風も吹いていたから、建物の影になっている所に座って景色を眺めていた。

そしたら、少し前まで誰も居なかったのだけど、いきなり三つ揃えのスーツをバシッと着た小さい90歳くらいのお爺さんが俺の肩を後ろから叩いて、
「よう!ロベルト、久しぶりだな!」
と声を掛けてくるんだよ。
不意打ちだったものだから一瞬ビクッとしたが、すぐに人違いかなと思い、その歳の割には元気の良いお爺さんに、
「あの、人違いですよ。僕は日本人ですし、ロベルトという名ではありません」
とキッパリ言ったの。
そしたらお爺さんの方は凄く嬉しそうな顔をして、
「やっぱりロベルトじゃないか!」
と益々大きな声で言い出したんだ。
俺は少し不審に思ったけど、まとわり付かれても嫌だなと思ったから、
「だから、ロベルトじゃないって。普通の日本人はそんな名前じゃないよ!」
と言った。
そしたらお爺さんは笑いながら、
「そんな事は知ってるわい!」
という感じで事の経緯を話し始めたんだ。
以下、俺とお爺さんの遣り取り(イタリア語だったので、それっぽい口調に直しました)。

「もちろん、君の本名がロベルトじゃないって事ぐらい知ってるさ。君は見たところ日本人っぽいし。
わしは今年で92歳になるが、まだそこまで耄碌してないつもりだよ。
君は昔、イタリアとドイツと日本が戦争で同盟を結んでいたという事を、学校かどこかで勉強した事があるかね?」
「もちろん、知ってますよ。僕だけじゃなく、日本人なら大抵の人は」
「よろしい。わしは第一次、第二次と二つの世界大戦に、最初から最後まで海兵として従軍した。
当時はドイツや日本からこの地に派遣された若い将校や外交官なんかと、親睦を深めるためによくつるんで飲みに行ったりしたもんだ。
お互い言葉も文化も違うが、当時の我々にとってはそんな事は大して重要じゃなかったし、とにかく共通の敵がいる味方同士、若かったってのもあるが大いに盛り上がったもんだよ。
そして当時は、わしらみたいにつるんでた連中は、イタリア兵もドイツ兵も日本兵もみんな、お互いを親愛の情をこめてロベルトって呼び合ったもんさ!」
「はあ…。でもまた、なんでロベルトなんすか?」
お爺さんはにっこり笑って、
「わからんかね? ロベルト(ROBERTO)というは頭文字を合わせたものさ。
三国の首都ローマ(Rome)、ベルリン(Berlin)、東京(Tokyo)の。
だから君を見かけた時、日本人じゃないかと思ってロベルトと声を掛けたってわけさ!」
「へぇ~。何か歴史を感じる話っすね~」

お爺さんは急に笑顔から一変し、渋い表情で、
「ところで、君のご家族やお知り合いの方で、第二次大戦に従軍された方はいるかな?」
「うーん…。祖父は従軍しましたけど、もうとっくに他界したし…あ!親戚のお爺さんでまだ一人生きてますよ!」
「そうか、そしたら今度会った時には、
『イタリアが途中で戦線を放棄したことに関しては本当に遺憾に思っており、わしの人生に於いてただ一点の心残りであり、日本の皆さんには謝っても謝り切れない事をしたと思っている』
と伝えてくれ」
と、目に涙を溜めながら俺に訴えてきた。
「うーん、今更そんなに怒ってる人もいないんじゃないかなぁ?
あの小うるさかった俺の祖父でさえも、イタリアの事でぼやいてた事は一度もないし…」
「我々はあの時、誓って誰一人戦線を放棄したいと思ってる奴は居なかった。
わしの海軍部隊では政治的に戦争が終わった時でさえ、皆悔しさに泣き、同盟国を見捨てるのかと、誰もが断腸の思いだった。
拳銃で自殺をした者だっている!
でも、わしはあの時何も出来なかった…。
昨日まで同じテーブルで酒を飲み、ロベルトと呼び合い、同じ敵を蹴散らそうと雄叫びを上げ合った仲にも関わらず、同盟国の戦況が日に日に悪くなって行くのがラジオで伝えられようと、何も出来なかったんだ…。
特に日本の方々が最後まで意志を貫かれているという報道を聞く度に、どれだけ五体が引き裂かれるような思いがしただろう。
だから日本の方々には戦線を離脱した腰抜け、裏切り者と思われても止むを得まい。

そしてイタリア人はテレビで見るような、ちゃらついて女の尻を追いかけるだけの、軟派者と思われているかも知れない。
しかし、その後の半世紀以上、わしを含めた海兵全員は、一日だってその事を悔いなかった事はないのだよ…。
だから君のお知り合いには、是非すまなかったとお伝えください…」
そう言うと、お爺さんは年甲斐も無く泣き崩れた。
そしてよく見るとお爺さんの胸には、会社の社章のような小さいもので気付かなかったが、古びたイタリア海軍の所属部隊のバッジが着いていた。
そして急な展開に戸惑った俺は、
「解りました、今度会ったら必ず伝えておきます」
とだけ言って、挨拶をしてその場を去り、また炎天下の中に戻って行った。

今まで不思議ととても涼しく心地良かったのだが、その場を離れた瞬間、また砂漠のような猛烈な暑さに見舞われた。
そして数メートル進んだ後、お爺さんが気になって振り向くと、この手の話にありがちだが、もうそこには誰も居なかった。
そのお爺さんが幽霊だったかどうかなんて、今となっては分からない。
ただ俺は、お爺さんと最後に交わした挨拶を思い出して少し変だなと思った。

「ここに居れば誰か日本の方が来ると思ってずっと待っていたが、わしの話を聞いてくれた人はどれくらいぶりだろう。
皆、わしがまるで見えないかのように、無視をして立ち去ってしまうのだから。ありがとう」

「いいんですよ。
でも、ここよりもっと街の中心の観光スポットに行った方が、日本人はいっぱい居るんじゃないですかねぇ。コロッセオとか。
それでは、お元気で」

後日帰国して、久方ぶりに家で寝たきりになって殆ど誰とも口を聞かない親戚のお爺さん(元海軍)を訪ね、その話をした。
お爺さんは何も言わず、ただ目に涙を溜めていた。
そして、その話を聞いた一週間後に老衰で他界した。
世話をしていた従姉妹によると、俺が会った後の一週間はお爺さんが妙に明るく、皆に積極的に話し掛けていたという。

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