人が笑うっていうのが、心底気持ち悪くて怖くなったことがある。
笑うっていうといいイメージしかないって人がほとんどだろうね。
でもね、あんな体験したらごく普通に笑っている人に対しても何か裏があるんじゃないかって思えるようになるよ。
あの体験したのは今から5年くらい前だったと思う。
あのときはわりと交友関係広くて、オカルトやら心霊系好きな連中とつるんで肝試しとか廃墟探索とかよくやってたんだよね。
あのときも自分と後輩のA、Aの高校時代の同級生のBの3人で、地元でちょっと有名になってきた廃墟になったラブホに行ったんだ。
ただ廃墟に行くだけならつまらないってんで、肝試し兼ねて夜に行ったんだけどこれが間違いだったのかも……。
自分たちが行った廃ラブホは、潰れてから2~3年くらいのところで、まだ中は綺麗な部分が多かった。
荒らされてる部屋もあったけど、雨漏りとかもまだなくて床もしっかりしてた。
入口は壊れていて誰でも入れるような状況だったから、浮浪者がいるって話も聞いてたんだけど、能天気な自分たちは身の危険感じてなかったんだよね……。
現地についたのは確か午前1時すぎで、Aの車で行ったんだけど、ホテル前の駐車場に車停めてホテルに入ったんだよね。
他に車なかったし、敷地内は不法投棄されたらしいゴミが散乱してた。
外観を見ていたときに2階の窓に明かりが見えたんだけど、人影は見えなかった。
AもBも3人だから浮浪者が1人くらいいても大丈夫だろうって言ってたんだけど、自分は何だか不安だった。
1階は特に面白いものもなくて、2階に上がったとき、AとBが2人で示し合わせたかのように、いきなりダッシュで外から明かりの見えたと思われる部屋に向かった。
自分は何があったのかわからず、しばらくその場に立ってたんだけど、不意に「ふひひひ……」って、気持ち悪い笑い声が背後から聞こえて、慌てて2人の後追って部屋に入ったんだけど……。
部屋の中央あたりで床の上にランタンが置いてあって、高齢の男性浮浪者が1人。
何がおかしいのか入り口近くにいるAとB、そして俺のこと見て、指さしながらひぃひぃ気味の悪い声上げて笑ってるんだよ。
AもBも浮浪者見つけてどうしようとしていたのかはわからないけど、あまりに浮浪者の態度がおかしくて困り果ててた。
2人に何かしたんじゃないのか、って聞いても部屋に入ったときからずっとこの状態っていうし、無視して他の部屋調べようってことに。
部屋を出て他の部屋の探索し始めたんだけど、笑い声が後ろから付いてくるんだ。
でも振り返っても誰もいない……。
5階ある建物だったんだけど、笑い声がどこまでもついてくるから気持ち悪くて、帰ろうって話になって入口に向かって歩き出したんだけど、Aがしきりに周囲を気にしていた。
廃ホテルから出て車に乗ったら、いきなりAが「ヒッ!!」て短い叫び声上げて、猛スピードで車を発進させて危うく事故りそうになった。
市街地に着くころにはAも気持ちが落ち着いたみたいで、そのまま帰るのも気持ち悪くてファミレスに寄ったんだけど、そこでAから聞いた話にびっくり。
廃ホテル内であの浮浪者を見る前から、Aには笑い声、それも複数人の声が聞こえてたんだって。
戻るときもずっと聞こえていて部屋から自分たちのこと見てる顔が見えたらしいんだけど、
「全員顏が笑っていた」
と……。
車のバックミラーにも顔が見えて、怖くて急発進したっていうんだけど、俺やBにはまったくそんなもの見えてなかった。
ファミレスで1時間くらい時間潰して自宅に戻ったんだけど、翌日からAと連絡が取れず、1週間後に交通事故で亡くなったって連絡が……。
Bと葬儀会場で会ったときは会話もせずに終わったんだけど、Aの葬儀から1週間後くらいに連絡が来て会うことになった。
場所は廃ホテル行った後に立ち寄ったファミレス。
ファミレスに来たBはやつれて青白い顔してて、別人みたいで驚いた。
それに物凄い周囲気にしてて、最初は話しにくそうだったんだけど、料理を食べ始めてから落ち着いてきたのか、ぽつぽつ話始めた。
Bが言うにはAが亡くなった日の夜、夢にあの廃ホテルがでてきて、あの浮浪者と見たこともない連中がにこやかに笑いながらBを取り囲んでいたと。
夢の中で必死に廃ホテルから出ようと逃げるんだけど、どこに行っても笑顔のそいつらがいて、廃ホテルから出る直前で目が覚めるんだって。
Aがあんなこと言っていたからそんな夢見るんじゃ?と思ったんだけど、最近じゃ起きていても幻覚なのかあちこちで夢に出てきた笑顔の連中を見るとか……。
完璧に精神病んでるんじゃ?と思えるほどで、Bが興奮しないようにひたすら聞き役に徹して、2時間くらいで別れたんだ。
そしてBとファミレスで会ってから3日後に、共通の知り合いCからBが飛び込み自殺したって話を聞いた。
CはBが亡くなる直前に会っていたらしいんだけど、笑ってる人見ると異常に怖がって逃げてたらしい。
そしてBのやつ、次は俺だって言ってたらしいんだ。
だから気を付けろとも言われたんだけど、自分はあまり幽霊とか信じないほうだったので、気にしてなかった。
でも何故かその日から夢で、Bが見たのと同じような状況で追いつめられるようになった。
あの廃ホテルで、あの浮浪者と見たこともない人達が満面の笑みで、自分を殺そうと追いかけてくる夢。
どこに行っても満面の笑みを浮かべている、狂人たち……。
目覚めれば脂汗びっしょりで、気味の悪い感じはしばらく残っていた。
2日位で終わればよかったんだけど、1週間近く毎日見るとなると気持ちも沈んでBの気持ちが何となくわかってきた。
リアルで人の笑い声が聞こえると、あいつらじゃないかって思えてしまうときもあるほどで、笑っている人から離れるようになってた。
Bが亡くなる直前に合っていた人とたまたま会うことになったんだけど、俺の様子を見るなり、とある家に連れて行かれた。
どうもCは俺もBのようになるんじゃって心配してたらしい。
元々Cは仲間内では「見える」人で知られてて、Bや俺に会ったときに見えはしなかったけど良くないものを感じとったとかで、知り合いの霊能力者に相談してたそうだ。
それで俺と会っておかしいのがはっきりして、慌てて霊能力者の家に連れてきたと。
霊能力者は50代くらいの、見た目ごく普通のおじさんだった。
通された部屋には大きな祭壇みたいなものがあって、座っているうちにお祓いみたいなこともされて終わったけど、もう廃墟とか心霊スポットは行くなって念を押されたよ。
話を聞くとAもBもあの廃ホテルに集まっていた霊に憑りつかれたんだろうって。自分たちが見た浮浪者も幽霊だった可能性がある、そして自分も危なかったと言われた。
それ以来夢を見ることはなくなったんだけど、しばらくは人が笑っているのが怖くて仕方なかった。
今でもふとした瞬間に、他の人が笑っている顔や、声が怖いと思えるときがあって、本当に終わったのか心配になるときがあるよ。