イラストレーターの友人がいる。
事務所でもある自宅で彼は仕事をしているのだが、彼は必ず机を部屋の真ん中に置いて作業している。
インテリア云々の話ではないらしい。
ある時、何となくその理由を尋ねた私に、彼はこんな話をした。
数ヶ月前は窓際に置いて作業していた彼。
その頃は特に忙しく連日徹夜も続き、睡眠不足の日々だったそうだ。
作業中にうっかり居眠りをしてしまう事も結構あったらしい。
そんなことばかり繰り返す中、異変は起きた。
深夜、作業中に居眠りをしてしまった時、次に目覚めると、必ず机の上に妙な絵が置いてあるのだという。
ペンを握ったまま寝てしまうと、ペン先が遊んで線を引いてしまうというのはよくある事だが、最早そんなレベルではなく、乱雑なものだが、確かに『何か』を見て描いているような絵だそうだ。
最初はさほど気にはとめなかったものの、そんな事が何回も続くとやはり段々気味悪くなってくるもので、ある深夜に彼は、休憩の合間にその絵をじっくり観察してみることにした。
乱暴な線ではあるが、やはりただ偶然描いてしまったものにしては出来過ぎている気もする。
色々角度を変えて見ているうちに、もしかしてこれは人の顔なのではないかと思った。
そういう目で見てみると、確かに目や鼻、口らしきものがある様に見える。
しかし人の顔となると、こんな所に目があるのは変だ、鼻も歪んでいる。
きちんと画用紙を十字で区切っているわりには妙なデッサンだなと思った時、ふと彼は窓を見た。
そして気が付いた。
ああ、これは窓を見ながら描いたのかな。十字線は窓の桟なのではないか…
ぼんやりと考えているうち、急に背筋に寒いものを感じた。
待てよ…冷えた頭で考える。
ここは2階だ。窓を見て描いたのなら、こんな所に人がいるのはおかしい。無論ベランダ等はない。
もう一度絵に視線を戻す。
一瞬のうちに恐怖に襲われた彼は、絵を丸めて捨てようとしたその時、
ガガガガガガガガガガガガガガ!!!!
驚いて顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、血塗れの顔面を窓に押し付けながら激しく窓を叩く女の姿だった。
そのズタズタの顔は、まさに絵とそっくりだったそうだ。
そこで彼は気を失った。
朝目覚めると、仕事そっちのけで近くのお寺に相談しに走ったらしい。
そこで絵をお焚き上げして貰ったそうで、お寺の人に言われた通り窓に御札と塩を配置したら、ぴたりとあの絵は描かなくなったという。
それでもなんとなく窓際に向かうのが怖くなった彼は、机を今の場所に動かしてそこで作業する事にしたそうだ。
「これが理由だよ」と彼は苦笑いした。
結局あの女の正体は分からずじまいだったらしい。