私の弟は睡眠中無意識に歩き回る、いわゆる『夢遊病』患者でした。
そのおかしな行為は、小学校高学年のころがピークでした。
3,4日に1度は夜中にむくりと起きだし、とっくに終わっているはずのテレビの電源をつけて、砂の嵐を無心にじっとみつめています。
パジャマのまま鞄を背負って、鍵がかかって開かない玄関のノブをがちゃがちゃと開けようとし、家族全員で引き止めたこともあります。
またある時は、誰かの気配を察して目を開けると、弟が私の首に手を伸ばそうとし、 突然目を開けた私に驚いて身を翻したこともありました。
その頃、私達の家族に心配事が降りかかってきました。
それは、小学校5年で恒例となっている、キャンプ合宿の授業が近づいてきたことです。
夜中に勝手にテントを抜けて歩き回ったりしたら・・・。
考えただけでぞくっとしました。
ここからは、弟のクラスメートから後に聞いた話です。
予想通りのことが起こりました。
夜中、キャンプファイヤーで盛り上がり、枕なげなど一通りの儀式的なことが終わった後、就寝時間となり、半強制的に先生達にそれぞれのテントに連れ戻されました。
直ぐに寝息を立てる者もいましたが、なかなか寝付けない子供も多かったようです。
何時間経ったころでしょうか、先生も眠りについて大分たったころ、それが起こりました。
弟がむくりと起き上がり、リュックが山積みになっている方へ、すーっと進んで行ったのです。
そして、リュックの山をまさぐりながら、
「違う、違う。ない!おかあさん、ないよ!」
と言って騒ぎはじめたそうです。
起きていた子供達が1人2人と顔をあげて、そちらを見始めました。
しばらく、その異様な光景に恐ろしくて誰も声をかけませんでしたが、勇気を出した1人が、「どうした?」と声をかけると、ハっと振り返り、
「行かなきゃ!」
と言って、適当にリュックを手に取って外へ飛び出していったそうです。
さすがに驚いたみんなは、力ずくで止めに入ったそうですが、遠くの方を見ながら、
「行かなきゃ、行かなきゃ」
と言い続けていたそうです。
その翌日、弟は腹痛と40度近い高熱で、2日間うなされ続けました。
普通の風邪だと思っていた母は、「明日にでも病院に連れていけばいいわ」と、わりと気楽に考えていました。
ところがその日の夜。寝ていた母の夢の中に弟が出てきたそうです。
母の枕元に立って、
「お母さん、うらむよ~。うらむよ~。うらむよ~」
ハっと我に返った母は、これは直ぐに病院に連れて行かなきゃいけないと察し、弟の寝ている部屋に駆け込んで行きました。
向こうを向いて寝ている弟に声をかけ、回り込んで弟の顔を覗き込むと、寝ていると思い込んでいた弟は、大きく目を見開いたまま動かずに、
「うらむぞ、てめぇ」
と囁いたそうです。
車で救急病院に連れて行くと、すぐ手術室に運ばれました。
あと1時間でも遅れていたら命はなかったそうです。
その後も、弟にまつわる様々な事件が起こりました。
そして、訳あって、彼はもうこの世にはいません。