ザイル

ザイル 俺怖 [洒落怖・怖い話 まとめ]

登りはじめのオーバーハングと、最後の最後で、指をかける窪みがないのが少しばかり難しいだけの岩を登り、大木にザイルを縛りつけ、同時に自分自身をも縛りつけて固定した。
岩の下側はまるで見えなくなったが、致し方ない。

ザイルを岩の下に放り投げ、同行者に登ってくるよう声をかけた。
登る者は、ザイルの端を輪にして自分の腰ベルトに固定するだけの簡単な確保を頼りに登る事になるが、極端な大岩でもない限り、これで充分だった。
握ったザイルに振動や揺れが伝わり、ややあって同行者の声が聞こえた。

ぐっと、ザイルにかなりの重さがかかった。
最初のオーバーハングは手抜きをして、俺に引き上げさせようという魂胆が見え見えだったが、俺もきっと、同じ悪戯をするだろう。
ザイルを弛ませないよう引き続け、少しすると、これからはザイルなしで登ると同行者から声がかかった。

声はかかったが、ザイルにかかる重さは相変わらずで、俺はとにかくザイルを弛ませないよう引き続けた。
次の岩では奴にトップを登らせ、引き上げさせてやろうと考えていると、岩の上に、ひょこんと彼の手が出てきた。
手がかりがないので、平らな岩に腕全体を押し付け、岩との摩擦を手がかりの代わりにして、体を持ち上げなければならない。
大して難しくはないが、滑り始めたら自力では止まれず、おそらく、この岩では一番危険な箇所だ。

だが、奇妙だった。
同行者がごそごそ動き、腕を押し付け、垂直に体を持ち上げてくる動きと俺が引き上げるザイルの動きにまるで関連がない。
第一、彼はザイルの垂れている箇所からは登ってきていない。
やがて岩の上に姿を現した彼のどこにも、ザイルは結ばれていなかった。

手の中、ザイルは相変わらず重い。
力が抜け、ザイルが物凄い勢いで滑り、下へ落ちた。

ザイルが異様に重かったことを同行者に告げたが、きっと岩のどこかに引っかかっていたのだと言われ、相手にされなかった。
だが、それではザイルが手から滑り落ちた、あの勢いを説明できない。
二人、顔を見合わせ、ザイルを見つめた。
岩の下を覗き込む勇気は、なかった。

垂れているザイルを、そっと持ち上げると、軽い。
そのまま軽々と引き続け、全て引き上げた。

ザイルを地面に放り出すと、釣り上げられたばかりの魚のように、ザイルの先端30センチばかりが激しく跳ね回り、やがて止まった。
跳ね回りながら、やたら臭い液体を飛ばし、動きを止めた後もなお、かなりの量の液体がザイルから沁み出していた。

新しかったはずのザイルは、10年も使い込んだような古びた色に変色し、表面は細かい傷でいっぱいだった。

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