これは俺の実体験ではなく、俺の友達から聞いた話だが、聞いてくれ。
ツーリングが趣味の俺の友達(Aとする)が、数年前、女友達を連れてとある漁村に行ったのだそうだ。
そこの港のすぐ近くにある食堂は、綺麗な海が店内から見えることと、何より安くて美味しく具沢山な海鮮丼が地元で有名らしく人気店なのだ。
Aは女友達とその食堂に入り、海鮮丼を注文した。
女友達は注文してすぐ席を立って用を足しに行った。
Aは海鮮丼が来るまで暇なので、適当に店内を見渡すと、近くに座っている男2人が何か面白そうな話をしているので、盗み聞きする事にした。
この時の男の1人をBとし、Bがもう1人の男に何かを語り聞かせているようだった。
ここで、この漁村に伝わる“人魚伝説”について触れておこうと思う。
この村には数十年に一度、“人魚”が海からやってくるのだそうだ。
その“人魚”というのは、いわゆるマーメイドのような姿ではなく、上半身は女の裸体のものの下半身はてらてらとぬめる触手が生えているのだ。
その“人魚”、というか“タコ女”のほうがイメージが近いが、そいつは人を捕らえて食ってしまうのだ。
Aが盗み聞きしたBの話に戻る。
Bは漁村の隣の村に住んでいるらしく、よくこの食堂に海鮮丼目当てで食べに来るのだ。
数年前、この村の女子供の間で謎の病が流行り、死亡者も幾らか出たらしいが、その時期も懲りずに女(Cとする)とともに海鮮丼を食べに来ていた。
店に入って海鮮丼を注文すると、具材が今ちょうど切れているから作るのに30分ほどかかるとのこと。
仕方が無いので、BとCは食堂の目の前の港で時間を潰すことにした。
BとCは港を適当にぶらついていたのだが、Bはふと何かが聞こえてくることに気がついた。
よく耳を澄ましてみると、女の呻き声のようだ。
どうやらCはこの声に気づいていないらしいので、BはCに心配をかけないようにCに内緒で声のする方へ近づいていった。
だんだん近づいていくと、声が複数の女のものであることがわかった。
そして、すぐ近くの柱の陰に隠れ、ゆっくりと声の元を見た。
そこには、10人ほどの裸の女が折り重なるように倒れていて、皆口々に呻き声をあげている光景があった。
女たちは体の至る所にアザや擦り傷のようなものがあり、髪もボサボサだった。
Bは驚きのあまり何も出来ず、ただ息を呑んで成り行きを見守っていた。
そのうち、一人の女が近くに落ちていた容器で海水を掬い、何やら薬のようなものを溶かして、みんなで回し飲みをし始めた。
そのその薬の正体が何なのか分からないが、飲んでしばらくすると女たちの呻き声は止まった。
しかし、安心したのもつかの間、今度は絶叫が響き渡った。
「痛いー……!!!」
「熱い熱い……!!」
「苦しい……!!」
女たちはそう叫び、
胴や太ももをこれでもかというほど掻き毟り始めた。
すると、一人の女の足の皮が、ずるん、とめくれ落ちた。
その下には、てらてらと、触手がうごめくのが見えた。
A曰く、Bとその友達は話をしながらここら辺で店を出ていったそうだ。
Aは内容のあまりの恐ろしさに、後を追って話の続きを聞くことも出来ず、黙って俯いていた。
女友達がトイレから戻ってきて、海鮮丼が来ても、Aは気が気でなかったと言う。
急なテンションのオチ用を不審に思う女友達にもこの話を出来ないまま店を出た。
店の前には、件の港が見える。
しかし恐ろしさのあまり直視できず、Aと女友達は寄り道もせず帰宅したという。