私にはA子という彼女がいました。
しかし社会人になり仕事が忙しくなると、デートの時間もなかなかとれず、お互いイライラが募り、すれ違いばかりで、喧嘩が絶えなくなりました。
ある日、彼女と大喧嘩をし、私は絶縁の言葉を投げかけ別れました。
その晩、変な夢を見たのです。
見知らぬ町を歩いていると、遠くから麦藁帽子をかぶった少年が自転車で近づいてきました。
そして
「僕はA子の兄だ。妹と別れるなら責任を取れ」
と言うのです。
彼女には生後3ヶ月で亡くなった兄がいたのは知っていました。
私が謝ると、お兄さんが着いて来るように言うので、従いました。
しばらく歩くと鬱蒼とした森に出ました。
突然、空から一羽の鳥が襲い掛かって来て、私の顔やら手やらを噛み千切ってきたのです。
私は血だらけになりながら、無我夢中で逃げましたが、どこまでも追ってきます。
そしてよく見ると、それは鳥ではなかったのです。
怒りに顔を歪め、恐ろしい形相をしたキューピッドなのです。
歯をむき出し、羽根をばたつかせて、
「キーキー!」
と奇声をあげて追いかけてきます。
いつの間にかお兄さんが自転車で私に併走していて、
「殺さないと食べられるぞ!」
と叫びました。キューピッドが飛びついてきて肩に噛み付いてきました。
血が噴出し、激痛が走り、本当に殺されると思い、必死でキューピッドの首を絞めました。キューピッドは血だらけの顔を苦しそうに歪め…。
その時、何故か悲しくなり、手の力を緩めました。
キューピッドは急に大人しくなりました。
同時に私の意識は朦朧とし、気を失いました。
遠のく意識の中、お兄さんが
「それはA子と君の子供だ」
と言ったのを聞きました。
目が覚めると、すぐにA子に電話をしました。
すると、A子は泣きながら、妊娠していることを告白しました。
喧嘩ばかりで言い出せなかったのだと。
そしてなんと、黙って中絶することを考えていたのだと。
私達は話し合い、よりを戻しました。
それからは喧嘩もしなくなり私達は結婚し、A子も無事出産しました。
生まれた子供は夢の中のキューピッドとは全く似ていません。もちろん。
ただ、もしA子と別れ、中絶させていたら、この子は、あのキューピッドのような恐ろしい表情で、この世から消えていっていたのかも知れません。