シェアハウスの怪

今は一人暮らしをしていますが、少し前まではシェアハウスに住んでいました。ここ最近ブームですよね、シェアハウス。恥ずかしながら、私もブームに乗って住み始めた人間です。たった数か月でしたが、一生忘れないと思います…本当はすぐにでも忘れたいんですけどね。
私がシェアハウスを出て行ったのは、同居人たちと仲が悪かったとか、家賃が払えなくなったとか…そういうわけじゃありません。
“ある部屋”の存在に堪えられなくなったんです。

そのシェアハウスに入居するきっかけは、私の職場の先輩でした。
ちょうどその頃、私はアパートの更新をどうするか悩んでて、それを知った先輩からシェアハウスを紹介してもらったんです。

「私は彼氏と同棲するから、そこを出ていっちゃうんだけどさ。私が出ていくから空きがあるし。良かったら住んでみたら?結構楽しいもんよ?」

シェアハウスブームということもあり、ある種の憧れを持っていた私はすぐに飛び付きました。
アパートより家賃は安く、複数の同居人がいるから防犯の面でも安心。何より、一人暮らしにある孤独感を味わわずにすむ!

紹介されてから一ヶ月後にシェアハウスに入りました。
場所は会社から電車で30分。最寄駅から徒歩で12分ほどの場所です。
昔の学生用の下宿屋をリノベーションした物件で、内装はとても綺麗でした。
引き戸を開けると、すぐに下駄箱と食堂があり、オープンキッチンも見えます。一階は住人の共有スペースになっているようです。
二階はそれぞれの個室です。階段を上って左手側が201号室、202号室、203号室。右手側が205号室、206号室、207号室になっています。ひと部屋の大きさは六畳ほどで、ベッドと小さなクローゼットがあるシンプルな造りです。

他の住人は私を含めて5人。シェアハウスの管理人をしながら、在宅で仕事をしている男性のAさん、大学生の女の子のBさん、美容師の男性のCさん、OLをしているDさんです。
入居当日、Aさんは私に206号室の鍵をくれました。

「君の部屋は206号室ね。お隣さんはCさんだよ。仲良くしてあげてね」

みんな優しく、気さくな方でした。私はふと気になったことを口にしました。

「あの、207号室にはどんな方が住んでるんですか?挨拶したいのですが…」

瞬間、その場の空気が冷え込むのを感じました。みんなの顔が凍り付き、初対面の私でも気不味い雰囲気だと分かるくらいです。
不味いことを聞いたのだろうか…。その空気を吹き消すかのように、Bさんが明るい声で言いました。

「あそこはね、物置き代わりに使ってる部屋だから誰も住んでないよ」
「そうそう。だから、部屋は一応6部屋あるんだけど、使えるのは5部屋しかないんだ。気にしなくていいよ」

CさんもBさんに続いて言い、AさんとDさんも頷きました。
あぁ、なんだそうか。物置き部屋なのか…。
ですが、何故か引っ掛かりました。それなら何故、みんなの表情が凍り付いたのか…

荷物整理も終えて、一週間過ぎた頃から、シェアハウスの暮らしにも慣れて来ました。
ひとつ屋根の下に暮らしているのに、みんな生活リズムが違うというのは、なかなか面白いもので、思ったよりストレスがありません。お隣のCさんがほとんど仕事に行ってて、部屋にいないせいかもしれません。

ある晩のことです。その日の夜は、シェアハウスには私とAさんとBさんしかいませんでした。Dさんは県外に出張、Cさんはいつものように美容院の仕事で帰宅が遅くなっていました。
次の日も仕事があるため、23時には眠りにつこうとベッドに潜り込みました。
目を閉じてウトウトしていると、何やら聞き覚えのない小さな音が聞こえてきました。

カタカタ…ッ、ガタ…ッ、ガタ…ッ

他の物音が聞こえないせいで、小さな音なのに耳につきます。どこから聞こえてくるのだろう。窓の方でも、廊下でもありません。
もしかしたら、Cさんが帰ってきた…?それにしては足音がしません。

ガタ…ッ、ゴトン…ッ、ゴトゴト…ッ

物を落としたような…床を叩くような、そんな音です。
すっかり目が冴えた私は、廊下に出てみることにしました。
誰もいない廊下は、しんと静まり返っています。その時、ちょうどBさんが一階から上がってきました。

「ねえ、Bさん。なんか物音しなかった?」
「え?そうかな?私は聞こえなかったよ?もしかして、Aさんが一階でプリンター使ってたからその音かな?」
「プリンターの音じゃなくて、床を叩くような…そんな感じのが聞こえたの。どこからかは分からないけど…」

そう言った瞬間、Bちゃんの顔が強張りました。そして…

「それ、気のせいだよ……」

と小さな声で言い、部屋に帰ってしまいました。

それから数日後の夜。また変な音が聞こえてきたのです。

コンコン…コンコン…

叩くような小さな音…。時刻は午前2時過ぎ。もう住人たちは寝静まっているはず。
どこから聞こえてくるのだろうと、耳を澄ませました…

ガタ…ッガタ…ガタ…!

隣の部屋から…それもCさんが住む205号室ではありません。物置き部屋になっているという207号室からです。
こんな夜中にAさんが物置の整理…?そうとは思えません。誰かが作業をしているような物音では無いからです。
私は思わずベッドから起きあがり、207号室側の壁に耳をつけて探ってみました。
その瞬間…

ギギギギ…ッ、ガリッ、ガリッ、ザザザザ…ッ!

壁を引っ掻くような、不気味な音が耳に飛び込んできて、ひっ!と小さな悲鳴をあげてしまいました。

誰かいる…!

私は怖くなり、ベッドに戻って頭から布団を被りました。
音はまだ聞こえています…耳について離れません。私は眠ることが出来ず、朝まで音に怯えていました。

後日207号室から聞こえてくる物音について聞いても、誰も答えてくれませんでした。
気のせいだと言って、顔を強張らせるだけ。そんな顔をされては、気のせいだなんて思えなくなります。
こうなったら確かめるしかない…。
私はAさんが鍵の保管をしている、キッチンの引き出しから207号室の鍵を取り出し、誰もいない時を見計らって207号室に向かいました。
廊下の奥に、扉があります。他の部屋の扉と同じ造りですが、どこか鬱々とした暗い空気を纏っていました。
意を決して鍵を使って扉を開けると、冷たい空気が流れ込んで来ました。部屋の中はとても暗く、廊下からは何も見えません。私は中へと足を踏み入れました。
ひんやりとした感触が身体中に伝わり、埃っぽい空き部屋特有の臭いがしました。
そして、部屋の中に踏み込むにつれて、誰かが私のすぐ近くにいるような…そんな気配を感じました。
暗がりに目が慣れて来て、部屋の全貌か見えるようになると、私はこの部屋に入ったことを後悔しました。

壁一面、びっしりとお札が貼られていたのです。
天井まで、びっしりと……

出なきゃ…ここを出なきゃ…!
でも、足がすくんで動けません。恐怖からなのか、それとも誰かが私をここに縛りつけているのか…
その時…

「おい!何してんの!出て!」

部屋の入り口には、顔を蒼くしたAさんがいました。彼は部屋に踏み込み、私の手を無理やり掴むと、急いで207号室を出て扉を閉めました。

勝手に鍵を拝借したことをAさんに謝罪し、あの部屋のことを聞きました。
207号室は、このシェアハウスがリノベーションする前…古い下宿屋だった頃に中で自殺した人がいたそうです。

「学生さんでね。部屋の中で首を吊って亡くなってたみたいなんだ。噂程度にしか聞いたことは無いけど、鏡を見たら後ろに誰かしたとか、悪夢を見るとか…そんなことが手記に書いてあったんだと。もしかしたら207号室は、その学生が自殺する前から呪われた部屋なのかもしれない」

リノベーションした際にお祓いをしましたが、入居者が原因不明の病気になったり精神的に塞ぎこむようになったため、この部屋は空室にすることにしたと言いました。

私はその後、すぐにシェアハウスを出て一人暮らしに戻りました。
もうシェアハウスに住むことはないでしょう。
古い家屋をリノベーションしたシェアハウスは、近年人気を集めていますが、住む際はご注意を…

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