自分の山仲間の話です。
神奈川県にある、山奥の山小屋に彼は泊まっていた。
山小屋には、彼の他に2人の男性。夏にしては異様にすくない。
風と木々のざわめきしか聞こえない山小屋で、この3人の男性達は夜遅くまでランタンに灯を灯し、
高山植物の話や、今まで登った山について語り合っていた。
夜中の1時ぐらいまでたっただろうか?
一人が、「外から声がしないか?」と突然言った。
二人は言葉を止め耳を傾けた。
「ううっ助けて・・・助けてくれ・・・」
外から声が聞こえる。
こんな夜中に何故?と思いつつも、彼等は外へと飛び出した。
そこには、初老の男性が胸を掴み、のた打ち回っていた。
彼はとにかく駈けより、「大丈夫か?」と声をかける。
他の二人の一人が、所持していた携帯の無線機でSOSを送ろうとした。
だが、何故か繋がらない。
しょうがなく、簡易救急箱を持ってくる。
初老の男性は、苦しみ続けている。
そして、動かなくなった。
彼は、とりあえず脈を計ろうと、腕に触れた。
だが、触ったとたん、すぐに手を引っ込めてしまった。
何故なら、暖かくもなく冷たくもない。
まるで、物質のようなものに触れた様だったからだ。
突然、その初老の男の手がのびた。
さっき引っ込めた手を強く握る様に、その男は苦しみの顔と言葉を放った
「俺は苦しかったんだ。苦しくって、ここまできたんだ。
けれど、誰も居なかった。
小屋の前まで来たのに、誰も居なかったんだ・・・・」
その初老の男の目からは、涙が流れていた。
しばらく手を離さずに、男は呆然としている3人の登山者達を見回した。
そして溶けるかのように、地面に沈んでいった。
3人はしばらく、無言で立ち尽くしていた。
そのうち一人が、「もう遅いから寝よう・・・・」
そう言って3人は小屋へ入り、何も言わず眠りについた・・・・
その日の朝。
山小屋を出た3人は、夜中に起きた山小屋の前に行き、
あの初老の男が、この地から帰れる様に・・・と祈り、帰路についた。